2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

図書館・古書検索システム

しばやん's コレクション

  • Life, I love you!
    日々を楽しく生きるためにしばやんが心がけていること、特に、音楽、映画、オーディオなどの趣味について紹介しています^^?
  • No Limits No Border, Shibayan on the Road!
    しばやんの世界行脚の記録です。 I am your consultant.
  • HP版 歩く仲間
    歩く仲間のオリジナルサイトです。2000年3月18日から2011年11月29日までの記事のアーカイブです。目次は、こちらです。 http://arukunakama.life.coocan.jp/contents.htm また、新しいサイトは、こちらになります。 「ブログ版 歩く仲間」 http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/
  • しばやんの本だな@ブクログ
    ブクログにしばやんの本棚を登録しました。こちらから、しばやんが今関心をもっている書籍などの情報をみることができます。 しばやんの本だなのオリジナル版(リストのみ)は、こちらからどうぞ。 http://homepage1.nifty.com/arukunakama/blist.htm
  • じゃんだらりんでいこまい!
    しばやんがおすすめのイベントやセミナーのご案内です^^?
  • ブログ版 歩く仲間
    歩く仲間の最新の記事はこちらでご覧ください。歩く仲間HP(オリジナル)とは内容が重複していないトピックもあります。
  • 弐代目 柴田文庫(ふみくら)
    企業家しばやんがつれづれに綴る起業と事業展開に関するおぼえがきです。
  • 聖子巡礼・・・時代を超える永遠のアイドル
    ‘現役’かつ‘永遠’のアイドル。人間・松田聖子さんを応援するサイトです。
  • 開発民俗学への途・・・学習編
    開発民俗学の学習編です。しばやんの大学院課程への進学準備からをリアルタイムでアップデートします。

HP版・歩く仲間へのショートカット

2019年7月14日 (日)

【歩く仲間通信 20190714】Pre 50におもうこと

みなさん、こんにちは。

 

ご無沙汰しております。

しばやんこと柴田英知です。不定期発行の「歩く仲間通信」です。


初めて、ご覧になる方もいらっしゃるかと思いますが、わたくしの近況報告と、みなさんの研究や実践活動などに、ほんの少しでもお役にたてたらと考えて発信をしております。

今回のお題は、二つです。

 

■修士論文を提出しました(これから口頭試問)

ご存知の方が多いかと思いますが、わたくし2016年4月から社会人大学院院生をしています。名古屋の某大学といって隠すこともないのですが、人間文化研究科というところの「地域づくりに関する研究」ユニットに入院して、はや4年目。今年の4月から「地域文化と共生コース」に解明になって、前のメールにも書きましたが、令和元年の9月に修了ということで動いています。

社会人向けの長期履修制度を利用して、二年間の学費で、わたしの場合、三年半で終了させていただきます。

7月1日から3日までの修論の提出機関で、7月2日に指導教員に面談していただいた上で、最終的な修正箇所を確認して、とにかく「期限内」に提出させていただきました。結局、数ページを「提出期限内」ということで、7月3日に差し替えさせていただいたのですが、期限の「一日前」に出すことの重要さと、その安ど感に感動しました。

結構ぎりぎりまでがんばって?しまいがちですが、どんな仕事でも同じですが、納期に間に合わなければ、まったくゼロです。

仕事の場合も、納期と闘っていたと思うのですが、開発コンサルタントの社員のころを思い返すと、納期に絶対に間に合わすために、チームやセッションが一丸となって協力したり、上司や責任者にとってみればしりぬぐいをしつつ、一定の水準以上の品質を確保したうえで、必ず
期限内に「納入」しておりました。

今思えば、本当に組織の力の偉大さに、改めて気が付かされました。

今回、めちゃくちゃ先生や同期の仲間や、関係者の人たちに助けられながら研究をすすめたわけですが、会社やチームとは違うのは、自分がダメ押しをしなければならないということです。

自己管理(セルフコントロール)ができないと、研究者や自営業者にはなれないと、あらためて思った次第です。

さて、提出後に、若干の誤字や直したいところがみつかりました。でも、それは論文の全体からみれば「些事」でしかないので、あとで直すことにして、7月29日の口頭試問をふまえて、個人的に修正できればと思っています。(大学院の提出分は、あとで差し替えできないそうです)

論文の中身などについては、次号以降においおいと報告します。

 

■Pre 50におもうこと

前号では、金もうけにがんばる。そのためには、過去のコンテンツの掘り起こしをおこなう。規模の問題、ひとりでできること、10人でできること、1000人でできることなど、スケールの違いに応じた仕事がしたいという話をしました。

今回は、時間軸について、もう少し大きなスケールの話をします。

さきに述べたように、7月2日に修論を提出しましたので、社会的な活動を再開しました。いろいろ自主セミナーを開いたり、情報収集でいろいろな団体の勉強会に顔を出したりしているのですが、ビジターとして他団体や個人の動きに参加するのと、自分が中心でなにかを動かすのは、やはり決定的に違うことに気が付きました。

当たり前のことですが、「他人ごとに参加する」のと「自分ごとに参加してもらう」のは、同じようでいて決定的にベクトルが違います。

以前、フェイスブックとツイッターでで「自分ごとが他人ごとだ」と書き込んだら、プチ炎上しました。ある人が書き込んできたのは、「他人ごと(をやるの)が自分ごと(=のためになる)だ」というロジックでした。(カッコ内は、柴田の補足。)

想定内の反応でしたが、完全にわたしの意図が分かっていないようなので、このように説明しなおしました。

自分ごととは、自分のために(困難なことを)やることにより、それ(困難)を乗り越えること(ブレークスルー)ができる。そのブレークスルーの経験が、他人の同じような困難を抱えている人にとって、もしかしたら役に立つかもしれない。

一方、他人の問題や困難から、自分の行動を起こそうとすると、そもそも自分の問題(自分ごと)ではないから、その問題把握自体が間違っているし、正しく問題を把握したしても、自分が他人のために編み出した解決方法が、当の本人に使えるかどうかはまったくわからない。

つまり、自分と他人は、そもそも異なる。でも「他人のために」で仕事を始めると、結局、自分(自身)の問題を解決することにならないし、本当に、対象とする「他人」のためになるのだろうか。

それよりか、自分自身の問題を解決した経験をもって、同じような困難に立ち向かっている他人に対して、これは「わたし(自分)にとっての解決方法でしたが、あなた(他人)の参考になるかもしれません。としたほうが、人間として誠意があるのではないか、とわたしが考えます。

というようなことを、半年前ぐらいに、思いついた!というお話でした。

結局、何がいいたいかというと、人は「自分の問題しか本気で解くことができない」ということがいいたいのです。

裏返して言えば、開発援助業界に顕著ですが、頭のいい人たちが「さあ、わたしたちの頭脳で、あなたたち(えてして開発途上国がおおい)の問題を解決してあげましょう」ということが、いかに傲慢であるかということです。

欺瞞だと気がついている人は、まだましですが、「自分がなんときゃしなきゃ」と他人のためにがんばる人は、本当にたくさんいます。

わたしも彼らの彼女らの気持ちや努力、熱意に敬意を表していますし、その大変さも少しは理解しているつもりです。

でも、あえて問いたいのは、その問題や課題は、あなたの問題ですか、それとも(あなたが善意で(勝手に)ターゲットにしている)彼らや彼女ら(他人)の問題ですか。

彼らや彼女らは、そもそもそれを問題だとしているのですか。彼らや彼女らにとって、もっと切実な問題や課題があるのではないですか。ということです。

偉そうなことを云ったうえでの、このエッセイの落ちは、わたしは自分が重要だと思う問題や課題を、自分ごととして解決したい。自分ファーストで、それが結果的に、同じような問題を抱える他人に役に立てば(なお)よい。ということです。

1970年4月1日生まれのわたしは、いま49才の令和元年度を生きています。初見の人のほとんどから、年齢よりかなり若くみられていますが、現実には、来年の4月には50才となります。

若く見られて喜んでいる場合ではありません。定年制がなくなりつつあるとはいえ、あと10年(60歳までの)で何ができるのだろうかと思うとたらたらやってられない、話題のチコちゃんにいわせると、「ぼーと生きてんじゃねいよ」ということです。

ずっと以前からお付き合いさせていただいている、みなさまが大多数であるなかで(アドレスの名前の向こうにみなさんの顔をいつも思い浮かべています)、この10年に、わたしが最優先してやるべきことを一つだけ書かせていただきます。

■2023年11月に、開発民俗学会(仮称)の創立総会を名古屋の鶴舞公園の公会堂で、世界中から300名を集めておこなうこと。

まあ、細かいことはこの目標にあわせて準備していけばよいでしょう。

なぜ、「開発民俗学」で、2023年なのかは、わたしが、この言葉に気がつき積極的に、このワードを発信しだしたのが、2003年だからです。

そのいきさつについては、冊子のまえがきに詳しいです。

http://www.arukunakama.net/blog/2013/12/1-43de.html

そして、直接の根拠は、ホームページのこちらのページです。

■歩く仲間通信 2003年9月5日

http://arukunakama.life.coocan.jp/d030029.htm

ちょこっとだけ、引用しておきます。

「2.開発人類学への接近 (開発‘民俗’学の構想)

最近、開発’民俗’学なるものへの関心が、個人的に高まっています。この2年半ほど東チモールやフィリピンでの実際の開発事業の現場に足を踏み入れたのですが、計画といういわば青写真の段階ではなくて、パイロット調査とか円借款、無償資金協力の工事の現場では、実際に地域住民や役所の人たちと、まさに現実のモノに対して言葉を交わす機会が増えました。まあ、だましたりだまされたりではないですが、実際に生きている人たちと外部者であるわれわれと、まあ、結局、援助なんて生身の人と人の関係なんだなと考えさせられることしきりです。

あと、日本の民俗学者の宮本常一氏の著作から継続的に学んできた結果でもあるのですが、氏のいうところの、「民俗学という学問は体験の学問であり、実践の学問であると思っている」という一節にいたく感動して、この民俗学を「開発学」と読み返れば、まさにそのままではないかと感心しています。明治から大正、昭和と日本の発展を、地球を4周したと言われるほど、日本をくまなく歩いて農民の文化を伝えるとともに、農業技術や新しい伝聞を体ひとつで伝えてまわった世間師の姿に、ひとつのすぐれたコンサルタントとしてのあり方が透けてみえます。

宮本氏は、民俗学者であると同時に、日本を歩いて回る中で、農業技術指導を行い、地方の篤農とか、身のまわりの世界を少しでも自分たちでよくしようとそれぞれの土地でがんばっている人たちのネットワークを作るような仕事や、離島や林間地の村々の調査をするだけでなく、その現状と苦境を肌で感じて、著作で広く世間に訴えるだけではなく、庇護者であった渋沢敬三(明治時代の立役者のひとりの渋沢栄一の孫)の友人であった政治家や役人に対して離島振興法などのいわば開発のための立案などに政策提言も行っています。(これって、はやりの言葉でいえばアドボカシーそのものやん!)

(詳細については、自伝的著作の『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993を参照ください。)

※こちらもご参考まで。2019年7月14日加筆。
ブームの宮本常一?(『宮本常一 旅する民俗学者』を手にして)2006年3月30日 作成


以前から何度か書いてきたことですが、結局、開発開発というけれど、現地に実際に住んでいる人たちが、自分たちでなんとかしようと思わない限り、世の中というか世界は変わらないのではないか、そんな実例を、昨年、フィリピンのある農業開発の現場で見てきました。
歩きながら考える No019 Three Maria’s Tale)を参照)


先日も、国連/世界銀行のイラク復興緊急調査に唯一日本人で参加されたコンサルタントの方と話す機会があったのですが、「特にイスラーム地域の復興なんて、とても外国人では、できない。ただし、‘カタリスト’としての外国人の意味はあるのでは」という話をしてきました。

ところで、学問として、開発人類学/開発民族学というものがあります。この‘民族’学というのは、外部世界の見聞を自分の世界にもってかえって、同国人の気づきを促すという効用をもっているわけですが、私は、逆に、外部者として、私たちが介入することにより、現地に住んでいる人たちの気づきをうながし、自分たち自身のことを自分で研究してよりよい世界を自分たちで創造していける、そんな、開発‘民俗’学というものがあってもよいのではないかと考えています。

日本語にいう「民俗学」は、いわば日本自身の元の形を探るという側面があるのですが、それだけではなく、宮本氏のいう、実際に生きている人たちの生きる糧となるような学問のあり方、自分の足元を知ることにより、日々の生活をよりよいものにつくり変えていくという‘実践の民俗学’という側面もあると思います。

つまり外部者として、(途上)国に入ることにより、現地の人たち自身の郷土への関心を呼び覚まし、彼らが‘民俗学’を自分の地で実践することにより、内部から社会を変えていくきっかけをつくる。この民俗学の主体は、当然、彼ら自身です。

そんな開発民俗学を作ってみたい。かってな造語ですが、そのようなものがあってもよいのではと、最近考えるようになりました。

特に最近、英国の社会人類学という学問や応用人類学における開発人類学といったものに現状を認識するための‘ツール’としての魅力を感じ出しています。

もちろん、この人類学的な調査は、単なる学問的な興味だけでもなく、開発する側の、調査をちゃんとしてやったという免罪や、事業の実施にあたって、対象地の人や土地を、標本のごとくモノとして扱い、‘学問’として記述するためだけの、いわば自己満足や自民族満足のためにあるのではありません。

しかしながら、社会構造を分析する人類学者のツールに関して、非常にすごくよく切れる包丁ではないかという興味が隠せません。

確かに使い方をあやまれば役に立たないどころか、人に害を与えてしまうかもしれませんが、うまく使えば、相手を傷つけるのではなく相手を救うというと大げさですが、相手と共に考えるための非常に強力な武器になるのではないかと思います。

つまり、ツール自体に関しての理解を深めた上で、それを使って、何をどうするかについては、自分で白紙の状態から考えてみたい。例えていえば、いわば包丁の持ち方と使い方だけを知っていて、何をどう料理したらいいのかについては、相手と一緒に考えながら料理をつくっていくといったことがしたいなあ。

(今はやりの‘参加型開発’という概念に対して、私は距離をもって考えています。詳細な考察は別途行います。)

ツールや学問のその限界を承知した上で、その先にあるものを考えていきたい。そんなことを思う今日この頃です。

みなさま方のご指導とご鞭撻を、引き続き、よろしくお願いいたします。」

引用終わり。

う~ん、ほぼ、このメルマガの発行から、丸16年たつわけですが、わたしがいっていることに、まったく進歩がないような。ともあれ、このときは、現役の開発コンサルタント会社の社員でしたが、今は、フリーであるところは、大きな違いです。

ともあれ、「開発民俗学」の研究と普及を主軸に自分のビジネスを組み立てていこうと考えています。

では、今後とも、よろしくお願いいたします。


2019年7月14日  柴田英知

歩く仲間…歩きながら考える-世界と開発―


しばやんのプラットフォームです。イベントやセミナーは、基本的に、歩く仲間が主宰となります。

ブログ版 歩く仲間

FBに乗せた中でも、自分としてアーカイブしておきたい重要な記事をこちらに保存しています。

――――――――――――――――――――――――――

歩く仲間 代表 柴田 英知
E-mail: bxf00517@nifty.com

名古屋・栄サテライトオフィス
〒450-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-17-24
NAYUTA BLD 6F
https://nayuta-bld.com/

専門:地域開発と参加・愛知用水の研究

■開発民俗学への途…共有編
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/kaihatsu_study/

名古屋市立大学大学院人間文化研究科 
地域文化と共生コース 博士前期課程(M2)

■名古屋市立大学大学院人間文化研究科
地域文化と共生のHP
http://www.region-ncuhum.com/

-----------------------

2019年5月 2日 (木)

【歩く仲間通信 20190501】令和をむかえて

みなさん、こんにちは。

 

ご無沙汰しております。

しばやんこと柴田英知です。不定期発行の「歩く仲間通信」です。初めて、ご覧になる方もいらっしゃるかと思います。

このメルマガは、わたくしの近況報告と、みなさんの研究や実践活動などに、ほんの少しでもお役にたてたらと考えて発信をしております。

今回のお題は、二つです。

 

■平成から令和にかけておもうこと

⇒ 昭和天皇の崩御と令和天皇の婚礼の儀

さて、ご案内のとおり、昨日から今日にかけて天皇陛下の代替わりがおこなわれました。平成天皇の退位と皇太子さまの令和天皇への即位、みなさまいろいろな感慨をもって過ごされていることと思います。

わたしの平成の始まり、つまり昭和の終わりは、大阪外国語大学の2年生の冬のことでした。なぜか1月のあの時、京都大学に進学していた幼馴染のところに遊びに行っていて、たまたまだか、二条城に記帳にいったというかすかな思い出があります。

令和天皇、昨日までの皇太子さまのご成婚は、わたしが1992年に開発コンサルタント会社に就職して3年目のことでした。事務所が赤坂溜池にあったため、前日に溜池で飲んでいて、深夜にタクシーで皇居の玉砂利の間を通って亀戸のマンションに帰った記憶があります。ご成婚の日は、朝から雨だったのですが、べろんべろんの頭でテレビをみたことを思い出します。

海外の仕事をしていたので、書類などでは元号をあまり使わなかったため、いまでも西暦と平成の変換が苦手でした。この令和と西暦の変換も難しそうので、わたしとしては、おそらく今後、元号で出来事を覚えたり語ることは少ないでしょう。

わたしが知覚できる元号は昭和までで、それ以降は、西暦のみで考えている。元号をなくせというつもりはまったくありませんが、ローカルな暦を保持している日本という国も、まあユニークでいいものだ、という程度のものかなというのが実感です。

⇒ 平成とわたしの歩み

わたしは、平成4年に大学を卒業して、開発コンサルタント会社で東京をベースに海外の政府開発援助の仕事にかかわって16年間。退職して、地元のマリングッズの専門商社の通販部門の企画営業を5年間、国際協力NGOで一年間、そして小休止をはさみながらも、大学院に進学して今年の秋に前期課程を修了予定。

上記のそれぞれのイベントを西暦でいうことは簡単ですが、平成何年のことだったかを即答することができません。

あと、平成の間に、2000年をまたぐというビッグイベントがあったのですが、はて平成何年が2000年だったのかすら覚えていないわたしがいます。

大学生から社会人へ、いろいろ転職を重ねながら、いまだ大学院生(博士前期=修士)として平成を終わる。平成の30年間は、奇しくも、社会人の実務経験を大学と大学院でサンドイッチする形となりました。学生で始まり学生で終わる。平成とは、本当にあっという間の30年間でした。

結局、平成年間に大学院を修了できなかったことが、残念かといわれば、別にそんなこともなくて(今、考えました)、「令和元年」の大学院の修了証書(絶対にとる)は、それなりにレアではないかなどと、ほくそ笑んでいます。

なぜなら、来年3月の卒業者や修了者は、令和2年卒業や修了となりますから。

 

■足元を深く掘ること (過去ブログの整理とコンテンツ化)


さて、今年の9月の大学院修了後は、まずは、収益を上げることに専念したいと思っています。

⇒ 新しい仲間との協働 ビアグループワークを通して

「歩く仲間」として、事務所を名古屋に構えたところまでは、昨年末の前号でお伝えしましたが、そのセミナーの開催の過程で、高校生から社会人まで熱い想いをもつ新しい仲間たちとの出会いがありました。

何人かの気の合う仲間とグループとして、お付き合いをさせていただいております。それぞれのメンバーが自分自身の課題とプロジェクトをもっており、定期的にズーム会議をしたりしています。

お互いに相談し励ましあうピア・コンサルティングみたいなことをわたしが指揮している、というよりむしろ、わたし自身が、いちメンバーとして、みなさまから、いろいろ学ばせていただいております。

これらの方々のお力も貸していただきながら、チームとして、プロジェクトを組み立てて、収益のある事業に育てていければなと思います。


⇒ 一人でできること、10人でできること、そしてスケールの問題

まちづくりのコミュニティデザイナーの山崎亮さんもおっしゃっていますが、一人でできること、10人でできること、100人でできること、1,000人でできることは、当然違います。

わたしは、地域開発の仕事をずっとしてきましたが、地域の規模の問題(スケールの問題)を棚上げにした議論が、学界でも、多々みられたかと思います。

実は、もう12年も前の記事ですが、このような発言を現場から発信しておりました。


参加型開発理論の盲点、スケールの問題 2007年5月13日 (日)

http://www.arukunakama.net/blog/2007/05/post_97e6.html

(全文はこちらのHPでご覧ください)
http://arukunakama.life.coocan.jp/blog078.htm

以下、後段を、引用させていただきます。

(前略)

二つ目としては、ボトムアップで下から問題を把握しようとするとどうしても地理的な広がりを書いた近視眼的な見方になりがちであること。現実にも多種多様である地域に対してきめ細かいサービス(援助も含む)を提供しようと考えることは理にかなっているし、それは地元も望んでいることであろう。しかしながら、そのような見方(しか)できないNGOやNPOが国家政策に文句をつけるのはいかがなものか。

つまり国には国としてのグランドデザインをする権限があり、それは決して地域住民の利益を損ねることを目的としているのではなく、建前としても国全体の福祉を考えているはずなのである。

たとえ話をすると、10円のプロジェクトをしている者が、100万円のプロジェクトをしている者を正確に評価できるかということなのである。

現在、日本のODAのソフト化、草の根化が進行中であるが、わたしはちょっと待てといいたい。

例えば、①10円×1,000箇所=10,000円 と②1,000円×10箇所=10,000年、③10,000円×1箇所=10,000円 は同じモノなのかということを問いたいのである。

これをモノに変えてみると、①10円のアメ玉を、ただで1000人に配りました。一方、②1,000円のアメを作る機械を10台購入しました。③の例は、ちょっと思い浮かばないのでやめておくが、当然、予算規模によって、できることもやるべきことも違ってくるのであり、それ以前に考え方(アプローチ)の仕方そのものが違ってしかるべきなのである。

具体名は挙げられないが、実際の話として、こんな例がある。A国においてダム開発による先住民の生活地域が水没する再定住の問題があるとする。分かりやすくするために100家族、500人の先住民が開発の被害(影響)を蒙るとしよう。一方、この開発により、ダムの下流部の灌漑システムの50,000家族(250,000人)がダムの貯水力により乾期の灌漑農業の便益を得られるとする。

先に述べたように国民国家であるA国は、市町村のレベルから住民(具体的には市町村議会)から開発の承認を得ているものとしよう。確かに、先住民ということで、この政治的なプロセスにおいて代表を送っているわけでもないとして、まったく知らないところで開発話が決まってしまったとしよう。

しかし、もし仮に、このような場面に(国際)NGO・NPOが関わりあうとしたら、まず事実関係の調査、そして、国としての意思決定プロセスや事業主体に対してのアプローチをまずすべきであろう。しかしながら、そのNGO・NPOが先住民の500人のこと(利益)だけを考えて、他の250,000人にも及ぶ受益者がいるということと、民主的に手続きが完了していることを隠して、いきなり、国家主導の押し付け開発だとか民間の利益誘導だと、国際世論に訴えかけようとするとしたら、どういうことが起こるであろうか。

極論すれば、これは子供のけんかに文部大臣を呼びつけて批難するのに等しい暴挙なのである。

私は、数のことを問題にしているのではない。しかしながら、全体像をみた上での評価があってしかるべきで、500人の先住民の権利(の方)が重要だから、その他の国民の権利はどうでもよいという考え方は、まったく納得できない。人権という視点では、先住民も、そうでない国民も等しく同等の配慮があってしかるべきなのである。

このケースにおいても、いろいろな解決方法があってしかるべきであろう。ここで、読者諸賢にお願いしたいのは、必ず利害関係の検証には、双方の言い分とその裏をとること。これは、メディアリテラシーそのものの問題でもあるが、今のような高度情報化社会では、表にでるまでの情報操作の問題に、もっと注意を払わないといけませんよということでもある。

結論として、10円で購入できるものと、10,000円で購入すべきものとはおのずからその性格と性質が違う。その選定にあたっても、全く別の方法(アプローチ)をとっていることは自らの経験を振り返っても明らかであろう。

逆にいえば、予算によって購入できるものが変わってくるということでもある。予算に合わせて買いたいモノを変えているとでもいおうか。

参加型開発の弱点のひとつは、自分の財布の大きさでしかモノの価値判断ができないということである。つまり、10円や100円のモノしかみたことがない人は、1億円の構造物(平たく言えば施設)の価値がわからない、なんとなく無駄だとか裏金でどっかにその部分が消えてしまったのではないかという程度の認識しかできない場合もあるということがいいたいのである。

ボトムアップも、トップダウンも、両方とも必要であるし、その投入に応じた取捨選択の手段、調査や計画手法の方法論から倫理・価値観、ひらたくいうとモノサシを何本かもっていないと開発‘専門家’としては、ダメですよということをここでは強調したい。

つまり、‘スケール’を考えよ、‘スケール’にあわせた自分のモノサシを持てということである。

(引用終わり)

この言葉は、現場での気づきから発せられたもので、当時の、わたしの切実な思いがあふれていると思います。

確かにエッセイといわれれば、それまでです。しかし、「事件は会議室で起きているのではなく現場で起きている(踊る大捜査線)」とは、よくいったもので、これらの、現場の悲鳴を、研究者コミュニティが求めるように、先行研究をすべて調べてから引用をしながら言えというのは、あまりに理不尽なのではないでしょうか。

「開発民俗学」の目指すところは、「われわれの物語を創るために」というところにあり、まずは、現場における最適解を模索するところに重点を置かなければなりません。

最近のわたしの課題は、「現場のリアルを言語化する」です。

大学卒でしかも文系の「たたき上げ」の開発フィールドワーカーとしては、どこかのオートリティーがどうのこうのという先行研究以前に、現場で困っていることに対して、思い付きや直観かもしれないけど、少なくとも自分で「実際」に見聞きした現象から問題を立てて提言なりを示さなければならない。

自分の強みは、こちらにあるのではと、改めて思っています。

すでに、500以上のこれらのホームページやブログに書き散らした記事を見直して、コンテンツ化する。さらには、これらの知見としばやんコネクション*を、目にみえる資産としていく。

*これは、すなわちこのメーリングリストを受け取っている、あなたのことです。

当面、そのような作業をしながら生計を立てることに専念していきます。

みなさま方のご指導とご鞭撻を、引き続き、よろしくお願いいたします。

2019年5月1日 令和元年の最初の日に 柴田英知

P.S.


■歩く仲間…歩きながら考える-世界と開発―
https://www.facebook.com/arukunakama/

しばやんのプラットフォームです。イベントや
セミナーは、基本的に、歩く仲間が主宰と
なります。

■ブログ版 歩く仲間
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/

FBに乗せた中でも、自分としてアーカイブしておきたい重要な
記事をこちらに保存しています。

――――――――――――――――――――――――――

歩く仲間 代表 柴田 英知
E-mail: bxf00517@nifty.com

名古屋・栄サテライトオフィス
〒450-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-17-24
NAYUTA BLD 6F
https://nayuta-bld.com/

専門:地域開発と参加・愛知用水の研究

■開発民俗学への途…共有編
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/kaihatsu_study/

名古屋市立大学大学院人間文化研究科 
地域文化と共生 博士前期課程(M2)

■名古屋市立大学大学院人間文化研究科
地域づくりユニットのHP
http://www.region-ncuhum.com/

-----------------------

2019年3月20日 (水)

【歩く仲間通信 20181225】名古屋・栄に事務所を借りました

みなさん、こんにちは。

ご無沙汰しております。

しばやんこと柴田英知です。不定期発行の「歩く仲間通信」、初めてご覧になる方も多くいらっしゃるかと思いますが、わたくしの近況報告と、みなさんの研究や生活に、ほんの少しでもお役にたてたらと考えて、発信をしております。

基本的には、フェイスブックとブログ、ホームページなどの、しばやんチャンネル(勝手に、いま名付けました^^?)に引っかかっている方にとっては、それほど目新しい話題ではないかもしれませんが、ぜひ、この機会に、フェイスブックの友達申請をしてください。もっと、早く情報を共有できます。

閑話休題。さて、今回は、お題を3点用意しました。

1.オフィスワーカーしばやん

わたくし事ではありますが、2018年12月6日に、名古屋の栄のテレビ塔から徒歩10分ほどのところ(地下鉄久屋大通駅から徒歩5分)に、オフィスを構えました。個人事務所というよりシェアオフィスで、自分の机と椅子の一画と共有の大中小の会議室と、コワーキングスペースがあるという、オフィスビルのテナントになったわけですが、なかなか快適です^^?

まず滝子の名古屋私立大学から桜山駅経由でドアツードアで40分くらい、名古屋市内の主だったスポットもおおむね1時間以内で確実に移動できます。英語で、自営業のことを、Self employedというのですが、オフィスがあると自分が雇われている感があって、なるほど、自分自身が雇い主であり雇われ人であるということは、こういうことなのかと、妙に納得した次第でした。

2.大学院の修了が、半年以上、伸びました。

1の件の直接の原因となったのが、今年こそ、3年目に修士論文を書き上げて修了しようと思っていたのが、まったくの自分の思い込みと勘違いで、来年3月の修了が無理とわかったこと。それが、はっきりしたときは、気が狂いそうに動揺しましたが、よくよく考えれば、100パーセント、自分の落ち度で、誰にもあたりようがないという現実。

仕事だったら絶対にありえないミスだったのですが、これも自分の責任。ほぼ、90パーセントは完成しているので、最後の、一番、重要な部分をきっちりと仕上げて、今の予定では、来年の9月の修了をめざします。

3.So what?とWhy not?

2のことにも関連しますが、開発コンサルタントを辞して、学問の途に転向して、一番、困ったというか悩まされたのが、いわゆる「社会科学的」思考法でした。もう、わたしは、これを機会に、「So what?」思考とは決別しようと思いました。その理由を下記に、説明しましょう。

「So what?」とは、日本語にすると、「それで、それがどうした」という意味なのですが、海外で働いてきた開発コンサルタントの立場からすれば、これは、「それで(何が言いたいんだ)」、「それがどうした(何か意味があるの)」、「(俺様が分かり切ったことを)何をぐたぐた言っているんだ」というニュアンスに、ほぼ100パーセント相手に受け取られます。

誰も(大学の先生すらも)指摘していませんが、この言葉は、非常に、人を馬鹿にした言葉で、開発コンサルタントが、この言葉を、カウンターパートの政府の役人はもとより現地の直接の裨益者である、貧しい人たちに使ったら、一発でアウトです。

自分のオフィスの秘書でもドライバーでもそうですが、こう一言発したら最後、「誰があなた(自分のこと)に話しをするか」と、シカトされるのが、目に見えています。

一方、Why not?は、どうでしょうか。これは、「どうしたの?(何か問題があるの)」、「(何の問題ないから)遠慮せずに話してみなよ」というニュアンスで、次に、「Please come in.(入っておいでよ)」とか「Don't hesitate to say.(遠慮せずに話してみなよ」という言葉が、続きます。

ここまで言えば、みなさん、十分お分かりになると思いますが、特に、社会学者やビジネス界、特に、トヨタのかんばん方式や、5回なぜを繰り返せ、あとJICAなどが世界に売り込んでいる「5S」とか、欧米系の戦略系コンサルタントやビジネスコンサルタントが、重用しているロジカルフレームワークの根本にあるのが、この「So what?」の考え方です。

はっきりいいます。これは、強者の論理であり、正面切って、これをぶつけられた社会的弱者は、ひたすら黙り込むしかありません。なぜなら、「質問者にとって(ここが大事)大切なこと」しか、発言させてもらえないわけですから^^?

以上のような、気づきがわずかこの2か月ぐらいにわたしの身の回りに勃発しました。また、1に戻るのですが、今回、事務所を立ち上げたわけは、自分が、いままで多くの先達と仲間たちから教えてもらったことを、若い世代に還元したい.

もし本気で世界で、海外で自分の夢をかなえたい仲間がいるとしたら、わたしは、その職業のオプションとして、「開発コンサルタント」という生き方や考え方を示したい。これは、大学院で愛知用水の研究をしているという究極の目的も、「開発コンサルタントと地域開発のあるべき姿」を史実から説き起こしたいからにほかなりません。

なかなか、「開発民俗学」への途は、行きつ戻りつですが、我流のそしりを受けないためには、どうしても他流試合が必要となります。

これからも、自分なりに研究活動と、新規事業の人材育成事業の2本柱で、これからがんばっていきたいと決意を新たにしました。みなさま方のご指導とご鞭撻を、引き続き、よろしくお願いいたします。

最後になりますが、よいお年をお迎えください。

2018年12月26日 しばやん こと柴田英知

P.S.
ちょっとというか、かなりの宣伝です^^?

しばやんのプラットフォームです。さまざまなプロジェクトの窓口としての情報発信機能を強化しました。イベントやセミナーは、基本的に、歩く仲間が主宰となります。

FBに掲載した中でも、アーカイブしておきたい重要な記事をこちらに保存しています。今回の修了できなかった事件(事件かよ)や、なぜ「せかブタ」を始めようと思ったのかなどについてもふれています。

繰り返しになりますが、今年も大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

ではでは^^?

柴田 英知

2018年12月 9日 (日)

コミットするということ-仕事をするのにあたっての決意

このたび、新たに新規事業を立ち上げることにしました。

それは、「世界を舞台に-国際協力キャリア・ナビ」という仕事で、わたしは、ナビゲーターをつとめさせていただこうと思っています。

なぜ、いわゆる「キャリア・コンサルタント」ではないのか。

それには、海のおとこ(ヨットマン)としての読みというか、その経験を踏まえてのネーミングで、詳細は、のちのちに明らかにする予定です。


それはそれとして、その仕事内容について、簡潔に結論からいうと、国際協力に関心がある人たちが、それを仕事として考え始めた時に、その水先案内がしたい。そこに、わたしの個性と経験の全てが生かせるのではないか。

そんなことを、ほんの数日前から考えています。

お前に何ができるのか?と問われた時、今までは適当にお茶を濁していたでしょうが、今のわたしは違います。

これまで、20数年、社会人をしてきて、1992年に初めての仕事が、まったく何の予備知識もなしで飛び込んだ、民間の開発コンサルタントの仕事、結局、ただ単に、世界をマタに仕事をしたいと素朴に思っていた少年は、いつしか50歳の声をきくようになりました。

人生に、もしはあり得ない、しかし、現在、48歳ですが、これまで生きてきて、無駄とまわり道ばかりをしてきたけど、なんだかんだで、好き勝手にやりたいことを経済的にも家庭環境的にも、社会環境的にも、やらせてきてもらった。

特に、開発コンサルタントの仕事は、ほぼ100パーセントが政府開発援助(ODA)の仕事なので、わたしは、16年間、みなさんの税金で、ご飯を食べさせていただき、しかも、開発途上国支援という、おそらく今、世界で一番ホットでおもしろい社会事象のフロントラインで学ばせていただきました。

10年前に、事情で仕事をやめて、実家のある愛知に戻った時にも、この経験や知識を自分だけで死蔵していいのか、昔はよかったという、そしておそらく脚色された武勇伝とともに墓場にもっていってしまっていいのか、ばくぜんと考えたことがありました。

しかしながら、単なる元開発コンサルタントがフリーでやっていけるほど甘い世界ではありません。しかも、開発援助の世界で働いている日本人は、おそらく9割がた、東京に足場を置いていると思います。

開発コンサルタント会社のスタッフという看板がない、世界というより日本の片田舎の自分になにができるのか、その答えをだそうともがきつづけた、この10年であったともいえます。

ともあれ、まったく異業種で、5年はたらいてそれなりに仕事に慣れてきても、地域開発への情熱が捨てられず、退職して、大学院へいこうと思いきや、縁があった国際開発NGOで一年間、スタッフとして働かせていただき、また道に迷い…。そのいきさつを、ざっくりと話しましょう。

ODAでは、あたりまえのことですが、日本政府の調査団員として青パス(正確には、緑色のパスポート)、一時雇用の政府関係者のパスポート(外交官パスポートのような特別なものです)で、親方、日の丸で(まさにそのもの)偉そうに専門家気どり(実際には、開発コンサルタントは間違いなく専門家そのものです。)で、肩で風を切っていた頃が懐かしいというかはずかしいという経験を、NGOでさせていただきました。

今思えばとんでもない話ですが、開発コンサルタントのスタッフの時には、開発途上国の国家元首や大臣、役所のハイレベルスタッフとあたりまえのように会議をするばかりが、“コンサルティング”をしてました。

ただ、それは、客観的にみるまでもなく、青パスのおかげてあり、その国なりを援助する側の人間であるという特権であったことを、自分の能力だと錯覚していた。

本当に、そんなおめでたい仕事ぶりというか、世界認識だったのです。そのことを、まざまざと見せつけられたのが、このわずか一年ですが、国際開発NGOでの仕事でした。

さて、この迷いから、あらためて(大学院での)研究テーマを考えなおして、一旦、受かっていた大学院も入学辞退して、別の大学院を受験しなおしたのが、この5年間の動きです。

まえがきが長くなりました。

ところで、いちばん言いたかったのは、その放浪の過程はともかく、わたしは、他人の人生にコミットしたことがあったかというのが、このエッセイのテーマです。

結局、それをしてこなかった自分に、齢50近くになってようやく気が付いた。しかし、他人の人生にコミットすることなしには、自分の人生にコミットすることにならない。そんなことを考えています。

今度の、事業は、自分の今までの人生経験の全てをかけて本気で取り組みます。

ボランティア(無料)ではやりません。本気で、自分の人生を、国際協力にかけてみたいという、日本中の有志がいるかぎり、全力で、このプロとしての国際協力の世界をナビゲートします。

なので厳しいかもしれませんが、遊びは遊び、コミットすべき仕事は仕事と、けじめをつけた生き方をしていきます。

相手が、その事象を遊びと考えるか、仕事と考えるかは、わたしには関係ないし、そもそもわからない。

しかし、わたしが、そのひとに関わることにより、なんからの結果にコミットするような局面だと、わたしが認識したら、申し訳ありませんが、わたしの都合で、仕事モードに切り替えさせていただきます。

なぜなら、課題や問題にもよりますが、遊びで適当にできることは、しょせん、その程度のことなのです。おそらくわれわれが、本気でタックルしなければならない課題や問題は、まちがいなく仕事としてコミットしないかぎり、相手(課題や問題そのもの)が、われわれを相手にもしてくれない。

わたしは、そんな気がしています。

コミットするということは、結論がでるまでやり抜くこと。結果は結果で成功も失敗もない。

そんな、結果にコミットした仕事をしていきたいと思います。

なお、ちなみに、ライザップの「結果にコミット」というキャッチフレーズを、そのままパクっているようにみえるかもしれませんが、どう思われてもかまいません。

わたしができる、やるべきだと思うこと、そして、なにより、わたしが手伝えることで悩んで迷っている仲間がいれば、わたしの力の全てをつかってナビゲートする。一緒に、この海路のない、荒波を乗り切ろうとコミットできない人は、残念ながら、わたしはその人の船から降りなければなりません。

なぜなら、あなたの船(人生)のキャプテン(船長)はあなた自身であり、わたしは、一介の、たまたま難所を案内するナビゲーターにすぎないからです。

それでも、わたしの能力に不安を感じる人へ。

すでに、わたしは、ふたつの船をナビゲートして結果を出しています。一人は、社会人で全くの異業種から国際協力の世界へキャリアチェンジをしたいと、わたしのホームページをみていきなり電話してきたHくん(男性・20代半ば)。電話だけ(結構長電話)のコンサルティングでしたが、見事、志望の国際協力が学べる大学院に進学し、その経験を活かして社会人として、あらたな道に進まれました。

もう一人は、たまたま国際協力関係のイベントで言葉を交わした現役の大学生のEくん(当時、大学4年生)、そのイベントの後で、あらためて日時をきめて彼の進路相談にのりました。彼なりに、就職先や仕事観をもっていましたが、学部と国際協力のボランティアの経験では、開発コンサルタントの仕事は難しいとあきらめていたようですが、わたしが業界のことを説明し、さまざまなアクターとその仕事内容の生情報(これが大切です。本には書いていない裏の裏まで知っています^^?)を語りました。

その後、ずっと連絡がなかったのですがSNSでひょんなきっかけで綱かったときに、その後、開発コンサルタント会社に就職したという喜びの声をききました。

確かに、今のところ、わずか2件の経験でしかありません。正直、私の一言で、他人の人生を変えてしまうかもしれない。うまく、本人も納得して、本人が望んだ方向に進んだからよかった、たまたまうまくいったケースなのかのしれない。

でも、これは偶然でもラッキーでもありません。本人も、本気で何かをしたいと思った。その判断のために必要な情報を、わたしが持っていて、わたしも本気で、かれらの人生のことを真剣に考えてアドバイスした。

そう、必然の結果ですし、ほぼ100パーセントの成功しかない事業だと思います。

わたしのいままでの経験や、開発援助の現場で、なにをみてなにを考え、なにに失敗してきたのか、はたまた、なにか新しいイノベーションをおこすことができたのか、については、すでにおそらく何千万文字以上も、ホームページやブログに、すべて無料でリンクフリーで、2000年からずっと公開しています。

このウェブという公共空間にだせない情報がいくらでもあることは、みなさん、想像に難くないと思いますが、わたしが、仕事としてナビゲートするからには、海図(ウェブページ)にのっていないベテランしかわからない秘密の暗誦や、もしかしたら、宝島の宝の隠し場所を教えてあげれるかもしれない。

あなたが、本気でコミットするかぎり、わたしも、とことん、コミットし続けます。倍返しどころか、10倍くらい?は、ちょっと盛りすぎですが、あなたが思う以上の情報を提供します。むろん、わたしの得意でない分野もありますが、そのときは、一緒に勉強しましょう。おそらく、しばやんネットワークで、ほとんどの分野への対応が可能だと思いますが^^?

ということで、今回のテーマは、「コミット」についてでした。
仕事としてやるかぎり、100パーセント以上のコミットを、わたしもしますし、お客様である船長さんにも求めます。

では、これからも、よろしくお願いいたします。

2018年12月 7日 (金)

FB公開グループ クロスロード・オブ・ハッピネスのご紹介

みなさん、こんにちは。

久しぶりにブログをアップさせていただきます。

このブログは、しばやんこと、柴田英知の(国際)開発コンサルタントとしての経験をシェアする目的で運営しているのですが、いかんせん、情報の流れが一方通行となってしまいがちです。

その欠点を補うために、facebookにて、グループ活動を、数年前から運営しております。

その案内文を、このたびアップデートしましたので、もしフェイスブックをやっていらっしゃる方で、まだ、こちらのグループを知らない方がいらっしゃいましたら、ぜひ、グループメンバーになってください。

公開グループなので、フェイスブックをやっていなくても、どなたでも自由にみることができます。

では、よろしくお願いいたします^^?

――――――――――――――――――


国際協力や地域づくりに関心のある方はどなたでも参加できる公開グループです。ただし、しばやんの友達であることがメンバーの条件となりますので、そうでない方は、まずしばやん(柴田英知)に友達申請のメッセをお願いいたします。

<初めてグループに参加される方へ>

まず、このグループの母体となったミクシイというSNSにおける活動を紹介させていただきます。


mixiというソーシャルネットワークの中で、「開発民俗学」のコミュニティを、2007年08月12日から運用しています。メンバー数は、約200名です。

このコミュニティに参加している方は、社会学、文化人類学、民俗学系の学問を修めていてかつ開発に関心のある大学生、大学院生、研究者が多かったと思います。もちろん、開発コンサルタントの方も参加しています。

ところが、フェイスブック(FB)が流行りだして、mixiのコミュニティ活動が休止状態になってしまいました。

ここでは、「しあわせ」をキーサードに、地域と開発を考える一緒に考えるきっかけとなるようなネタを振っていきたいと思います。

当然、世の中、いろいろな人がいらっしゃいます。生まれも育ちも違います。主義主張も違うことでしょう。

しかし、このグループの運営母体の「歩く仲間」は完全にオープンな活動をめざしています。


「最後に、なぜ“歩く仲間”としたのか。たまたま同じ方向に行く人がいれば、しばし一緒に歩いてみたらという、一期一会のつながりを大切にしたいという意図があります。逆にいえば、決して“の会”というような、閉じたものになってはならない、そんか自戒を込めての命名です。」

ということで、お気軽に参加いただけたらと思います。

では、引き続き、よろしくお願いいたします。

なお、イベントやセミナー情報はこちらのブログに掲載しています。


ではでは^^?

P.S.

その他の開発に関するしばやんのホームページやブログはこちらです。

歩く仲間 HP版  目次(コンテンツ)はこちら


こちらは、遊びのブログです。最後のは、ギャップに驚かれます^^?



ではでは^^?

«【今日の世界をより楽しく生きるために(その2)】

フィリピン・ファン