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2013年1月 7日 (月)

連続講座 大衆文化史における松田聖子に関する一考察 ・・・ 開発民俗学的アプローチ

初出: 聖子巡礼・・・時代を超える永遠のアイドル

連続講座 大衆文化史における松田聖子に関する一考察 ・・・ 開発民俗学的アプローチ (その1)
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/seikojunrei/2013/01/post-6e3f.html
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なぜ、今 松田聖子なのか?

いや、なぜ私が今、松田聖子を取り上げようとしているのか、まずそれを語りたい。
私は、しらけ世代や新人類と俗にいわれているジェネレーション、1970年生まれの団塊ジュニアの一人である。
1970年とは、大日本戦争が終結した1945年(昭和20年)からすでに25年、明治以来絶え間なく続いた日本の対外戦争のことはもとより大日本戦争の荒廃からの復興、引き続く高度成長期が日本高度成長期がかげりをみせはじめたころ、そう2つのオイルショックが日本を襲い、経済大国世界第二位の地位にありながらも、その看板の薄っぺらさと、なにより世界第2位の経済大国の住民(国民)であるという生活感覚の全くない時代に生を受けた。
その後、昭和、平成と、20世紀と21世紀にまたがる2つの時代を生きてきて、今、アラフォーと呼ばれる現在を生きている。
人心ついた幼年時から自我の目覚めとされる少年期が、まさに1980年代であり、昭和と平成のはざま、1990年代に青春時代を、引き続き20世紀にかけて青年時代を過ごした。
そんな一個人にとって、1980年から現代までの35年間を、松田聖子という稀代のスターの芸能生活史と重ねあわして、この国民的アイドル(歌手)の足跡とその庶民、大衆一般に与えた影響を考察してみたいと思う。
たかがアイドル、されどアイドルである。
松田聖子=みんなのアイドル=大衆の星(スター)→ 永遠のアイドル
いままであまりに不当に、いや全く歴史的に評価されてこなかった彼女の人となりと生き様とその活動(パフォーマンス)について語ることは学問的には全く価値のないことかもしれない。
また一人が独善的に彼女を語れるわけでなく、それぞれの心の中にある‘俺たち、私たちの松田聖子’像を、踏みにじるようなことは、たとえ何人であれ許されることではない。
あくまで、私個人の私論であると共に、所詮は‘一考察’でしかないが、今後の松田聖子の評価の一助となればさいわいである。
2013年1月7日 柴田 英知

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