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2019年7月14日 (日)

【歩く仲間通信 20190714】Pre 50におもうこと

みなさん、こんにちは。

 

ご無沙汰しております。

しばやんこと柴田英知です。不定期発行の「歩く仲間通信」です。


初めて、ご覧になる方もいらっしゃるかと思いますが、わたくしの近況報告と、みなさんの研究や実践活動などに、ほんの少しでもお役にたてたらと考えて発信をしております。

今回のお題は、二つです。

 

■修士論文を提出しました(これから口頭試問)

ご存知の方が多いかと思いますが、わたくし2016年4月から社会人大学院院生をしています。名古屋の某大学といって隠すこともないのですが、人間文化研究科というところの「地域づくりに関する研究」ユニットに入院して、はや4年目。今年の4月から「地域文化と共生コース」に解明になって、前のメールにも書きましたが、令和元年の9月に修了ということで動いています。

社会人向けの長期履修制度を利用して、二年間の学費で、わたしの場合、三年半で終了させていただきます。

7月1日から3日までの修論の提出機関で、7月2日に指導教員に面談していただいた上で、最終的な修正箇所を確認して、とにかく「期限内」に提出させていただきました。結局、数ページを「提出期限内」ということで、7月3日に差し替えさせていただいたのですが、期限の「一日前」に出すことの重要さと、その安ど感に感動しました。

結構ぎりぎりまでがんばって?しまいがちですが、どんな仕事でも同じですが、納期に間に合わなければ、まったくゼロです。

仕事の場合も、納期と闘っていたと思うのですが、開発コンサルタントの社員のころを思い返すと、納期に絶対に間に合わすために、チームやセッションが一丸となって協力したり、上司や責任者にとってみればしりぬぐいをしつつ、一定の水準以上の品質を確保したうえで、必ず
期限内に「納入」しておりました。

今思えば、本当に組織の力の偉大さに、改めて気が付かされました。

今回、めちゃくちゃ先生や同期の仲間や、関係者の人たちに助けられながら研究をすすめたわけですが、会社やチームとは違うのは、自分がダメ押しをしなければならないということです。

自己管理(セルフコントロール)ができないと、研究者や自営業者にはなれないと、あらためて思った次第です。

さて、提出後に、若干の誤字や直したいところがみつかりました。でも、それは論文の全体からみれば「些事」でしかないので、あとで直すことにして、7月29日の口頭試問をふまえて、個人的に修正できればと思っています。(大学院の提出分は、あとで差し替えできないそうです)

論文の中身などについては、次号以降においおいと報告します。

 

■Pre 50におもうこと

前号では、金もうけにがんばる。そのためには、過去のコンテンツの掘り起こしをおこなう。規模の問題、ひとりでできること、10人でできること、1000人でできることなど、スケールの違いに応じた仕事がしたいという話をしました。

今回は、時間軸について、もう少し大きなスケールの話をします。

さきに述べたように、7月2日に修論を提出しましたので、社会的な活動を再開しました。いろいろ自主セミナーを開いたり、情報収集でいろいろな団体の勉強会に顔を出したりしているのですが、ビジターとして他団体や個人の動きに参加するのと、自分が中心でなにかを動かすのは、やはり決定的に違うことに気が付きました。

当たり前のことですが、「他人ごとに参加する」のと「自分ごとに参加してもらう」のは、同じようでいて決定的にベクトルが違います。

以前、フェイスブックとツイッターでで「自分ごとが他人ごとだ」と書き込んだら、プチ炎上しました。ある人が書き込んできたのは、「他人ごと(をやるの)が自分ごと(=のためになる)だ」というロジックでした。(カッコ内は、柴田の補足。)

想定内の反応でしたが、完全にわたしの意図が分かっていないようなので、このように説明しなおしました。

自分ごととは、自分のために(困難なことを)やることにより、それ(困難)を乗り越えること(ブレークスルー)ができる。そのブレークスルーの経験が、他人の同じような困難を抱えている人にとって、もしかしたら役に立つかもしれない。

一方、他人の問題や困難から、自分の行動を起こそうとすると、そもそも自分の問題(自分ごと)ではないから、その問題把握自体が間違っているし、正しく問題を把握したしても、自分が他人のために編み出した解決方法が、当の本人に使えるかどうかはまったくわからない。

つまり、自分と他人は、そもそも異なる。でも「他人のために」で仕事を始めると、結局、自分(自身)の問題を解決することにならないし、本当に、対象とする「他人」のためになるのだろうか。

それよりか、自分自身の問題を解決した経験をもって、同じような困難に立ち向かっている他人に対して、これは「わたし(自分)にとっての解決方法でしたが、あなた(他人)の参考になるかもしれません。としたほうが、人間として誠意があるのではないか、とわたしが考えます。

というようなことを、半年前ぐらいに、思いついた!というお話でした。

結局、何がいいたいかというと、人は「自分の問題しか本気で解くことができない」ということがいいたいのです。

裏返して言えば、開発援助業界に顕著ですが、頭のいい人たちが「さあ、わたしたちの頭脳で、あなたたち(えてして開発途上国がおおい)の問題を解決してあげましょう」ということが、いかに傲慢であるかということです。

欺瞞だと気がついている人は、まだましですが、「自分がなんときゃしなきゃ」と他人のためにがんばる人は、本当にたくさんいます。

わたしも彼らの彼女らの気持ちや努力、熱意に敬意を表していますし、その大変さも少しは理解しているつもりです。

でも、あえて問いたいのは、その問題や課題は、あなたの問題ですか、それとも(あなたが善意で(勝手に)ターゲットにしている)彼らや彼女ら(他人)の問題ですか。

彼らや彼女らは、そもそもそれを問題だとしているのですか。彼らや彼女らにとって、もっと切実な問題や課題があるのではないですか。ということです。

偉そうなことを云ったうえでの、このエッセイの落ちは、わたしは自分が重要だと思う問題や課題を、自分ごととして解決したい。自分ファーストで、それが結果的に、同じような問題を抱える他人に役に立てば(なお)よい。ということです。

1970年4月1日生まれのわたしは、いま49才の令和元年度を生きています。初見の人のほとんどから、年齢よりかなり若くみられていますが、現実には、来年の4月には50才となります。

若く見られて喜んでいる場合ではありません。定年制がなくなりつつあるとはいえ、あと10年(60歳までの)で何ができるのだろうかと思うとたらたらやってられない、話題のチコちゃんにいわせると、「ぼーと生きてんじゃねいよ」ということです。

ずっと以前からお付き合いさせていただいている、みなさまが大多数であるなかで(アドレスの名前の向こうにみなさんの顔をいつも思い浮かべています)、この10年に、わたしが最優先してやるべきことを一つだけ書かせていただきます。

■2023年11月に、開発民俗学会(仮称)の創立総会を名古屋の鶴舞公園の公会堂で、世界中から300名を集めておこなうこと。

まあ、細かいことはこの目標にあわせて準備していけばよいでしょう。

なぜ、「開発民俗学」で、2023年なのかは、わたしが、この言葉に気がつき積極的に、このワードを発信しだしたのが、2003年だからです。

そのいきさつについては、冊子のまえがきに詳しいです。

http://www.arukunakama.net/blog/2013/12/1-43de.html

そして、直接の根拠は、ホームページのこちらのページです。

■歩く仲間通信 2003年9月5日

http://arukunakama.life.coocan.jp/d030029.htm

ちょこっとだけ、引用しておきます。

「2.開発人類学への接近 (開発‘民俗’学の構想)

最近、開発’民俗’学なるものへの関心が、個人的に高まっています。この2年半ほど東チモールやフィリピンでの実際の開発事業の現場に足を踏み入れたのですが、計画といういわば青写真の段階ではなくて、パイロット調査とか円借款、無償資金協力の工事の現場では、実際に地域住民や役所の人たちと、まさに現実のモノに対して言葉を交わす機会が増えました。まあ、だましたりだまされたりではないですが、実際に生きている人たちと外部者であるわれわれと、まあ、結局、援助なんて生身の人と人の関係なんだなと考えさせられることしきりです。

あと、日本の民俗学者の宮本常一氏の著作から継続的に学んできた結果でもあるのですが、氏のいうところの、「民俗学という学問は体験の学問であり、実践の学問であると思っている」という一節にいたく感動して、この民俗学を「開発学」と読み返れば、まさにそのままではないかと感心しています。明治から大正、昭和と日本の発展を、地球を4周したと言われるほど、日本をくまなく歩いて農民の文化を伝えるとともに、農業技術や新しい伝聞を体ひとつで伝えてまわった世間師の姿に、ひとつのすぐれたコンサルタントとしてのあり方が透けてみえます。

宮本氏は、民俗学者であると同時に、日本を歩いて回る中で、農業技術指導を行い、地方の篤農とか、身のまわりの世界を少しでも自分たちでよくしようとそれぞれの土地でがんばっている人たちのネットワークを作るような仕事や、離島や林間地の村々の調査をするだけでなく、その現状と苦境を肌で感じて、著作で広く世間に訴えるだけではなく、庇護者であった渋沢敬三(明治時代の立役者のひとりの渋沢栄一の孫)の友人であった政治家や役人に対して離島振興法などのいわば開発のための立案などに政策提言も行っています。(これって、はやりの言葉でいえばアドボカシーそのものやん!)

(詳細については、自伝的著作の『民俗学の旅』 講談社学術文庫 1993を参照ください。)

※こちらもご参考まで。2019年7月14日加筆。
ブームの宮本常一?(『宮本常一 旅する民俗学者』を手にして)2006年3月30日 作成


以前から何度か書いてきたことですが、結局、開発開発というけれど、現地に実際に住んでいる人たちが、自分たちでなんとかしようと思わない限り、世の中というか世界は変わらないのではないか、そんな実例を、昨年、フィリピンのある農業開発の現場で見てきました。
歩きながら考える No019 Three Maria’s Tale)を参照)


先日も、国連/世界銀行のイラク復興緊急調査に唯一日本人で参加されたコンサルタントの方と話す機会があったのですが、「特にイスラーム地域の復興なんて、とても外国人では、できない。ただし、‘カタリスト’としての外国人の意味はあるのでは」という話をしてきました。

ところで、学問として、開発人類学/開発民族学というものがあります。この‘民族’学というのは、外部世界の見聞を自分の世界にもってかえって、同国人の気づきを促すという効用をもっているわけですが、私は、逆に、外部者として、私たちが介入することにより、現地に住んでいる人たちの気づきをうながし、自分たち自身のことを自分で研究してよりよい世界を自分たちで創造していける、そんな、開発‘民俗’学というものがあってもよいのではないかと考えています。

日本語にいう「民俗学」は、いわば日本自身の元の形を探るという側面があるのですが、それだけではなく、宮本氏のいう、実際に生きている人たちの生きる糧となるような学問のあり方、自分の足元を知ることにより、日々の生活をよりよいものにつくり変えていくという‘実践の民俗学’という側面もあると思います。

つまり外部者として、(途上)国に入ることにより、現地の人たち自身の郷土への関心を呼び覚まし、彼らが‘民俗学’を自分の地で実践することにより、内部から社会を変えていくきっかけをつくる。この民俗学の主体は、当然、彼ら自身です。

そんな開発民俗学を作ってみたい。かってな造語ですが、そのようなものがあってもよいのではと、最近考えるようになりました。

特に最近、英国の社会人類学という学問や応用人類学における開発人類学といったものに現状を認識するための‘ツール’としての魅力を感じ出しています。

もちろん、この人類学的な調査は、単なる学問的な興味だけでもなく、開発する側の、調査をちゃんとしてやったという免罪や、事業の実施にあたって、対象地の人や土地を、標本のごとくモノとして扱い、‘学問’として記述するためだけの、いわば自己満足や自民族満足のためにあるのではありません。

しかしながら、社会構造を分析する人類学者のツールに関して、非常にすごくよく切れる包丁ではないかという興味が隠せません。

確かに使い方をあやまれば役に立たないどころか、人に害を与えてしまうかもしれませんが、うまく使えば、相手を傷つけるのではなく相手を救うというと大げさですが、相手と共に考えるための非常に強力な武器になるのではないかと思います。

つまり、ツール自体に関しての理解を深めた上で、それを使って、何をどうするかについては、自分で白紙の状態から考えてみたい。例えていえば、いわば包丁の持ち方と使い方だけを知っていて、何をどう料理したらいいのかについては、相手と一緒に考えながら料理をつくっていくといったことがしたいなあ。

(今はやりの‘参加型開発’という概念に対して、私は距離をもって考えています。詳細な考察は別途行います。)

ツールや学問のその限界を承知した上で、その先にあるものを考えていきたい。そんなことを思う今日この頃です。

みなさま方のご指導とご鞭撻を、引き続き、よろしくお願いいたします。」

引用終わり。

う~ん、ほぼ、このメルマガの発行から、丸16年たつわけですが、わたしがいっていることに、まったく進歩がないような。ともあれ、このときは、現役の開発コンサルタント会社の社員でしたが、今は、フリーであるところは、大きな違いです。

ともあれ、「開発民俗学」の研究と普及を主軸に自分のビジネスを組み立てていこうと考えています。

では、今後とも、よろしくお願いいたします。


2019年7月14日  柴田英知

歩く仲間…歩きながら考える-世界と開発―


しばやんのプラットフォームです。イベントやセミナーは、基本的に、歩く仲間が主宰となります。

ブログ版 歩く仲間

FBに乗せた中でも、自分としてアーカイブしておきたい重要な記事をこちらに保存しています。

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歩く仲間 代表 柴田 英知
E-mail: bxf00517@nifty.com

名古屋・栄サテライトオフィス
〒450-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-17-24
NAYUTA BLD 6F
https://nayuta-bld.com/

専門:地域開発と参加・愛知用水の研究

■開発民俗学への途…共有編
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/kaihatsu_study/

名古屋市立大学大学院人間文化研究科 
地域文化と共生コース 博士前期課程(M2)

■名古屋市立大学大学院人間文化研究科
地域文化と共生のHP
http://www.region-ncuhum.com/

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