初出: facebook グループ クロス・ロード・オブ・ハッピネス 投稿 2013年7月30日
初出: mixi日記 2011年9月10日
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1773105468&owner_id=11744733
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから、明日で、はや10年を迎える。10年一昔とも言うが、正直、もう10年経ってしまったこと自体が信じられない気もする。
セプテンバー・イレブンやグランド・ゼロについては、今までも折に触れて書いてきたことなので、あえて繰り返さずに、‘今’思うことを書き連ねてみる。
先日、8月28日に隣町(市)の「第24回豊田市平和を願う戦争展」で、沢田昭二先生の「原爆も原発も作らないで」という講演を聞きにいったのだが、その時、たまたま同じ建物の中にある豊田市国際交流教会のイベントで、TIAナショナルデーのスイス・デーとして、豊田市出身で外務省の専門調査員でスイスのジュネーブに勤務していた田中極子さんの「スイス~永世中立国の表と裏」という話を聞いてきた。
のどかな牧用地、ハイジの世界、セントバーナード犬、高級腕時計やアーミーナイフなど優れた品質と技術をもつ職人さんの国、モンブランのスキー場やレマン湖のほとりの高級リゾート地、国際赤十字発祥の地、そして近世史では国際連盟本部(国連欧州本部)をはじめとする国際機関の本部の街などスイスって、日本人の‘憧れ’のヨーロッパの中でも特異な地位を占めていると思うが、それは、いわずと知れた‘永世中立国’という‘素晴らしい’看板であろう。
田中さんは、その表に触れつつも、メディアもほとんど伝えない裏のスイスについて具体的に説明をしてくれました。まず、なぜフランス、イタリア、オーストリア、ルクセンブルグという大国にはさまれながらも独立を保ってきたのか、たとえば、銀行業界、世界に名だたる預金者の個人情報を絶対に明かさないとされるスイス銀行、ナチスへの戦争協力、結局、小国ならであのしたたかさと大嵐に巻き込まれざるをえない地政学的な国際環境、何よりも永世中世国とはいえ、海軍ももち(海もないのに)、全体で300日程度ではありますが、他国のように一度におこなわれず、20代から40代にわたって短期間で長期間おこなわれる徴兵制など、その素晴らしい‘看板’の裏の知られざる一面を教えていただきました。
スイスの傭兵部隊、武装中立、小火器(ライフルや鉄砲)を国ではなく個人が管理する民間防衛など、自分の国は自分で守るという思想や考え方、もういい悪いではなく、そうせざるには生き延びてこれなかった‘小国’の‘悲哀’と‘プライド(誇り)’と、もうなんといってよいかわかりませんがわれわれ日本の漠然とした‘平和’主義と、全くベクトルの中身も違う‘勝ち取る・生き残る‘平和’の一例について、認識を新たにすると同時に、いやままよ、それが‘世界’の‘平和’常識だとしても、日本の‘平和’は甘たるくっていかんという‘変な’有識者的?反省をすればよいのかといえば、やはり私はノーといいたい。
そうそう、重要なことを言い忘れるところでした。田中さんの報告によれば、スイスとイスラエルは、100%だそうです。何がか?核シェルターの全人口に対する配備率だそうです。ちなみに、ベスト5は、3位 ノルウェー 88%、4位 アメリカ 82%、5位 ロシア 79%、6位 イギリス 67%、 そして我が祖国の日本は、0.02%。
いかに日本の‘平和’が特異なものであるか、アメリカの‘核の傘の下’にあることの重要性に気づかざるを得ないでしょう。‘タダ’でもらった「0.02%」では決してありません。それ相応の‘国際貢献’をしているからこその、日本の‘平和’であることを、決して忘れてはなりません。感情や気分で発言することは簡単ですが、現実をふまえないとただの‘空論’で終わってしまいます。
ところで、イヴァン・イリイチは『シャドウ・ワーク』という論文集(岩波全書)の中で‘平和’について言及しているが、今手元にないのでうろ覚えであるが、「平和は、言葉によって意味が違う」ということを言っている。すなわち一口に‘平和’といっても、その地域と人によってその意味するものが違う、そもそも語源からして違うではないか、というような前フリから論を起こしている。
彼の‘平和’論はさておき、ここで気をつけなければならないことは、同じとされる言葉、たとえば日本人の‘平和’と欧米人が使う‘peace’という言葉は生まれも育ちも内容も、‘全く’違うものである‘かも’しれないということ。
言葉と意味、その歴史的な背景をおさえることの重要性は、強調しすぎることはない。
つまり、日本人の持つ「平和」の意味を、他国の人たちに懇切丁寧に噛み砕いて説明すること、‘言葉’(だけ)ではなく、その含意する‘もの’や‘こと’を共有(シェア)すること。
ようは‘我々’も‘彼ら’も‘自分’が何を考えているのか、感じているのかを‘自分’だけではわかりえない。他者と対面・対話することにより‘我彼’の違いや共通点を知り、ひいては‘自分’自身を知ることになるということ。
そういう意味で、これからの時代は‘個人’の思いや感情をシェアすることが、ますます重要になってくるのであろうと思う。
何々‘主義’というイズム(~ism)の時代は20世紀をもって完全に‘終わった’と私は思う。これは、私だけがいっているのではなく、何人もがいろいろな場所で発言していることであるが、この10年を振り返っても容易に‘わかること’で、今のわかもの(自分も含め)は、正直、資本主義も社会主義も何も信じてはいない。過去の遺骸がまだ力を持っていることは認めつつも、すでに形骸化して惰性で走っているということもわかっている。
実は、内部で新陳代謝がおこなわれていることを認めないわけではないが、古い皮袋に新しい酒を入れたところで、所詮、その‘皮袋’自体が変わるわけではない。
そんな‘皮袋’は捨てたら、別にビニル袋だって、いや‘袋’に囲い込んで貯めるではなくて、つまりストックを全部フローに変えてもいいのでないのか。
まずは、ラベルやレッテルという‘袋’概念自体を疑いなさい、袋がどうであれ、‘中身’をどう使うのか(活用?)するのかを考えるほうが、よっぽど今の時代に必要なことであると言える。
まあ、(一見)‘活用’できないような‘無駄’を排除するものではなく、逆にその無駄が必要だと私は思いますが^^?
ともあれ、この10年、私達は、それなりに‘進歩’というか‘思索’を深めることができたと思う。
2007年頃、私は‘冬が来る前に’ということで、かなり世界の行方に不安を感じていたが、10年目のセプテンバー11を迎えるにあたって、いやまだまだできる。阪神大震災ではないが、この2011年3月11日の東日本大震災が日本のみならず、世界の人々の‘気づき’のきっかけの一つとして、今後の世界に大きな影響をもたらすと信じている。
「夜明けの前の夜が一番暗い」とは『詞集たいまつ』のむのたけじ氏の言葉であったと思うが、何かが変わっていく、そんな胎動のディケイド(10年)であったと私は考えたい。
2011年9月10日 愛知の実家にて 柴田 英知
参考:
私の今までの‘平和’についての思索については、こちらの記事をご参照ください。
■ ‘わたし’の平和学~冬が来る前に! @ブログ版 歩く仲間
http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20091295/index.html
ではでは^^?
初出: 日記@ミクシイ 2011年9月1日
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1770022576&owner_id=11744733
先日、8月最後の日曜日の28日に、隣町の豊田市の豊田産業文化センターで開かれた標記のイベントに参加してきました。
お目当ては、沢田昭二さんの「原爆も原発ももう作らないで」という講演会。10時30分からの開始でしたが、初めての慣れないところで駐車場を探してうろうろしてしまい、20分くらい遅刻。一番、肝心なご自身の被爆体験のところは聞き逃してしまったのですが、広島・長崎への原爆投下の歴史的意味を語られた第2章から、3章.原爆による被害、4章.日本の原水爆禁止運動の歴史、5.福岡第一原子力発電所の事故、6.放射能被爆の人体影響など、原子物理学者となってずっと続けてきた研究での知見を惜しげもなく、非常にわかりやすい資料でパワーポイントで説明していただきました。
昭和6年生まれといいますから、もう80歳にもなるのに、全くお年を感じさせない明晰な説明に感心しきり。
どうも素人というか文系人間は、感情的にこれらの問題を考えてしまうのですが、放射能にはアルファ線とガンマ線とあってなど、それらが具体的にどのように生命体(当然、人間を含む)に影響するのか、理詰めに説明されると、いかにあやふやな知識とその言説が世の中にまかり通っているのか、改めて考え直さずにはいられませんでした。
実は、私は、全くの不勉強というか無知だったのですが、沢田先生は、実はWikipediaにも載っているような著名な理論物理学者であり、かつ原水爆禁止日本協議会代表理事という活動家でもあったのでした。
ああ、無知って恐ろしい!平気で歩く仲間の名刺をお渡ししてきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%94%B0%E6%98%AD%E4%BA%8C
このあと、豊田の産業文化センターで、併設のプラネタリウムでヤッターマンの説明動画をみたり、同じ建物の中にある豊田市国際交流協会のTIAナショナルデーなるセミナーで、スイス・デーとういことで、豊田市出身の外務省専門調査員の田中極子さんの、「スイス~永世中立国の表と裏」ということで、主に裏事情を教えていただいたり、しっかり一日楽しんで帰りました。
ところで、澤田先生の講演会が終わった後に、海軍兵学校の生徒だったというシニアの方が、沢田先生に話しかけていました。この人は、8月21日に江田島からボートで上陸して広島経由で地元の愛知に戻ってきたという話をされていましたが、普段、知らなければ知らないでなにげに通り過ぎている人たちの、それぞれの戦争と戦後、それぞれの生き越し道を考えるとなにか頭がくらくらしてきました。
そうだ、今の80から90歳の人たちは、戦前派であり戦中派であり、実際に戦争を闘ってきたというか耐えてきたんだと思うと、いくら戦後66年といったところで、全然、昔のことではない。
この岡崎や豊田市も、‘軍需'工場の豊田があったり海軍の飛行場があったり、さらに豊川には海軍工廠があったり、もうべたべたの戦時体制下に組み込まれた中枢地域だったのでした。
これから日本が戦争をするとしたら、日本の主要都市部は間違いなく重要な戦略拠点となるのでしょう。特に、太平洋ベルトの諸都市には、大きな工場があり産業が集積しているからで、もう空から爆弾が落ちてこれば、絶対に逃げられっこありません。
以前、アフガニスタン戦争でトヨタのピックアップをタリバン(テロリスト?)が使っているといって、世界中からバッシングがありましたが、そもそも科学に正義も悪もない。
民需品が、即、兵器に変わるのが現代の科学技術(テクノロジー)なのです。アメリカの軍需産業(宇宙開発を含む)は、かなりの技術を日本の民間企業の技術に負っています。町工場が、人工衛星を作るというのが、少し以前に話題になりましたが、日本の中小企業の匠の技が、巨大な(軍事)技術を支えている。
これは事実です。
もう、戦争反対とか平和がどうたらこうたらと話している場合ではないでしょう。
即、この一触触発の極めて不安定な世界情勢の中で日本(人)が綱渡りをしているとしたら、もうすぐにでも手を打たないとダメでしょう。
どこに着地点を持っていくのか。どう‘綱’から降りて‘地’に足を着けるのかそこを真剣に考えないといけません。
ともあれ、夢見る‘現物’主義者の私としては、これからはもっと政治などにもコミットしていかざるを得ない。
別に、青臭い‘正義感’ではなくて、‘自分’が生き残るためには、他人、特にどこ(誰)を見ているのかわからないような‘政治家’には、危なくて怖くて我々の命を任せて置けないというのが本音です。
くだらない見栄やプライドではなく、本当によい‘仕事’をしてくれる人がいい加減でてこなければ、冗談というか嘘でしょう^?
本当に、小学生や中学生に笑われるというか、真剣にバカにされてしまいます。いい年こいた‘大人’が何をやっているのだと。
まあ、テレビ番組にでてくるような‘生意気な’こしゃまっくれた子役はともかく‘普通’の子供にすら愛想をつかされている、これではさすがにまずいでしょう。
今こそ、‘大人’力を子供に見せ付けてやるときなのではないかと思います。
ともあれ、時間がかかりますが、一歩一歩着実に、今よりほんの‘少し’でも住みよい世界にしていきたいものですね。
ではでは^^?
と、先ほど終わったNHKの原爆の特番を見て思いました。
今日は、66年目の広島原爆投下の日です。NHKでは、こんな内容の特集番組をやっていました。私も最後の半分ぐらいをみただけですが、こんな事実が65年ぶりに判明したそうです。
軍部は、広島に原爆を投下に来たB-29について、米軍が特殊な暗号通信を送っていたこと、8月6日の原爆投下前にも、特殊な記号が使われたことがわかったこと、広島の被害からその特殊爆弾が、原爆だとほぼ軍部は掌握していたこと、しかるに国会答弁なのでは原爆であることを一切隠して認めなかったこと。
軍部は、3日後に原爆をつんだ米軍機が長崎に向かっていることを約5時間前に知っていながら、つまり広島のときと全く同じ特殊な記号の暗号通信を5時間前に解読して上層部に伝えていたのにも関わらず、長崎に避難命令も、さらには長崎からわずか10kmの海軍飛行基地に対して迫りくるB-29の迫撃命令を出さなかったこと。
その後、ポツダム宣言の受諾の方針が決まったらすぐに諜報本部の書類を全て焼き捨てることを命じたこと。
実際の当事者の何人かがインタヴューに応じていましたが、結局、自分達の陸軍の幹部がいたこと証言する人。暗号を解読したり、戦闘機乗りで当時、飛行場でスタンバイしていたパイロットの人など、本当に末端でまじめに職務というか任務を全うして働いていたスタッフにとってみれば、上層部の判断と(無)行動はあまりにやるせない。 自分達の努力が一部の人たちの手の中で握りつぶられてしまったという現実を65年後に、知らされた彼らの顔には、その無念さがありありと見て取れました。
自分の保身だけを考える‘お偉い方々’。
よく天皇や軍部、政治家など戦争当時のトップの責任を問う声が大きいのですが、確かにその責任は、普通の庶民に較べてはるかに大きいのは事実なのであるのですが、それを言うだけで事が済むのかという問題が残ります。
私としては、まず、‘彼ら’に期待することをやめることを提案したいと思います。所詮、‘彼ら’も‘我々’も‘弱い’ひとりの‘人間’でしかないのですから。
日本人、当時、7~8,000万人か?の命運が、わずか数十名?のトップの‘手’にあったというのも、おかしなことだと思いませんか?冷静に考えて。
今の国会の場合、1億1千万人の命運が、わずか600名以下の政治家の手の中にある? 馬鹿をいってはいけない。 ということは、やはり実際に戦争を生きた彼らにも、今を生きている我々にも、それぞれの個人個人の責任はあってしかるべきだと思いませんか。
ともあれ、この太平洋戦争が明らかにしたことは、軍隊に任せておいたら日本はつぶされる、つまりあまりにくだらないプライドや自身の保身(戦争責任者として裁かれる)のために、普通の人が平気で切り捨てられ、さらには‘人柱’にされる。
これが、軍隊と兵士の‘論理’であるということ。当然、そうでない、筋を通して自分の‘責任’に見合った言動をした指導者や知識人たちがいることを否定するつもりはありませんが、残念ながら、自分の保身に走ってしまったそうでない人たちの方が結局は多かったのじゃないかと思うし、仮に下のものが正しいことをしようとしても上のものに握りつぶされたり、非国民とか言われて実際に殺されてしまったんじゃないかとも思います。ともかく結果として軍部の証拠隠滅が図られたことは‘事実’であるということ。これは否定できません。
私は、これからの世の中、限られた人に‘自分’の命を預けるという、この20世紀の馬鹿げた言動を、絶対に繰り返したくないと思います。特に武力を持った軍人は絶対に信用したくありません。
最近、ダグラススミス氏の「非常識な」憲法? 『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』平凡社ライブラリー(2004)を読んでいるのですが、それによると、国が合法的に‘人殺し’を認めた20世紀が人類の歴史のなかで一番、戦闘行為でなくなった人が多いそうです。そして軍隊や警察は、自国民を守るのではなく、自国民を弾圧して殺傷するケースのほうが他国の人たち(軍人、民間人)を殺害するよりも多いそうです。彼が引用しているランメルという研究者の数字では、国家が殺人した約2億人のうち、約1億3千万人が自国民を殺している。国家による「正当」な戦死は3千4百万人に対して、民間人で殺されたのは1億7千万人。軍人より民間人の被害が5倍。
こんな馬鹿な話しが現実に、この20世紀には起こされてきたということです。結局、割を食うのは普通の‘民間人’じゃないですか。ただ私の推測では、その‘民間人’の中の一定数は、兵士の教育を受けた人で‘軍人’の資格はあったとしても、ようはオン・デューティではなかったので‘民間人’としてカウントされたんだろうと思います。
ともあれ、これほど原爆やら細菌兵器やらロボット兵器やらさまざまな兵器がある21世紀では、完全武装で殺人の訓練を受けた職業軍人が死ぬことは‘ほとんど’なく、普通の‘市民’がいとも簡単に殺されていくのでしょう。
アメリカは‘掃討作戦’なんて言っていますが、ゲリラやテロリストを標的にしているといいつつも、現実にはそのまわりの普通の人も巻き込んだジェノサイド(全殺戮)以外のないものでもないのです。
さて、国も政府も、(自分達を守るべき)軍隊も警察も信ずるに足りないとしたら、もうやることはわかりますよね。
自分の身は自分で守るということです。軍隊も警察も結局は上位が絶対という‘縦’の組織であるとしたら、上が一旦、間違えば、彼ら(軍人、警察)に間違った命令を覆す権限も拒否権すらもありません。
いかに軍隊や警察力に頼った組織が内部的には弱いものであるかとうことです。間違った人がトップになれば、組織の成り立ち上、それにしたがわなくてはならないのですから。
とにかく、(他)人に自分の運命や命を任せることを止めて、せめて自分の分だけは、つまり今の世界の‘60億分の一’の人としての責任は自分で取るようにしましょう。
よく戦争では、お国や女や子供のために戦ったというが、それは欺瞞であり自分を慰めているだけ。それは、相手国の兵士も同じことを思っている、なぜ戦いたくない、人を傷つけたくないという自分の‘本能’に素直になれないのか。
そしてついでに言っておくと、女だろうが子供だろうが‘自分なり’に、自分の‘命’や‘幸せ’を守りなさいということ。少なくとも、そのための努力をそれぞれの立場ですべきだと思うし、実際には出来ていると思う。日本の非核とか戦争反対運動の担い手は、はっきり言って母であり妻である女性です。
そもそも、なぜ、強いものと弱い(守るべき)ものとに分ける必要があるのか。
私が言うまでもなく、男も女も子供も老人も所詮は、弱い‘人間’でしかないでしょう。
まず自分の‘命’を守ることを、この65億の人たちが、本当に一生懸命に考えて、‘弱いもの’どおし助け合えば、‘力’を持つとされる‘強い’人(たち)に勝てるかも知れない。
とにかく、死の商人と裏で手を結んでいるような某国の責任ある立場のもの(父子)が、‘平’の人たちから‘政治家’という力のある立場から、引き摺り降ろされないのかが、私には正直、不思議でならない。やっぱり死の商人って儲かるのかなあとか、よっぽどの利権なのだろうなとかんぐってしまいます。でも実は普通の民間会社が、兵器の個々の構成部品を作っているという現実があるのも事実なのですが^^?
ともあれ、21世紀の僕たちには‘英雄’や‘ヒーロー’はいらない。
自分が自分のために自分の‘ヒーロー’であること。
そんな生き方がかっこよくなってくるんじゃないかなあと思う。
あと、事のついでに言っておきます。(たぶん、後では言えなくなるかもしれないから)
私があと何年か生きて、ノーベル平和賞にノミネートされたとしても‘絶対’に私は、ダイナマイト王のアルフレッド・ノーベル氏の‘贖罪の血’のついたメダルは辞退します。(一緒にやってきた仲間が欲しがるかもしれないけど、それはその時に考えるとして)
なにも、これは今までノーベル賞を受賞してきた人たちを侮辱しているわけではなく、しかるべき委員会に認められ世界的にも一定の(高い)評価を得ている‘賞’そのものを否定しているわけではなく、私も人並みに、この‘賞’自体はリスペクトはしていますが、ただ‘自分’ならいらないということです。この点は、私の(生き方の)‘主義’の問題で,別に赤の他人と議論するところではないので、よけいなツッコミはしないように^^?
ともあれ、科学の力は、とんでもないものを持ってきてくれたなあというのが、この数ヶ月の正直な感想です。
とにかく私は私で非核反戦の運動を自分なりにやっていきます。
それがたとえ、60億分の一人の働きでしかないとしても。
あと、本気で日本の政治家に怒っているので、これからは、私がちゃんと地元から立候補する政治家を一人ひとりチェックします。与党や野党は関係なく、‘人’として信用できる人しか‘清き'一票を託せないし、仮に私の押した候補が落選したとしたら(今まで99%そのパターンでしたが)、当選した政治家のところに押しかけてでも、勝手なことはさせないというか言うべきことは言います。
馴れ合いで茶番な‘政治’にはうんざりです。看板・地盤・カバンなどという‘過去の遺産’はもう認められない。2世だろうが3世だろうが能力のないものはやらんでよし。
ということで、これからはもっと政治にもコミットしていきます。
たとえ60億分の一人だって、本気になれば‘世界’を変えられる。
私は、そう思って生きてきたし、たぶん、これからも生きていきたいと思っています。
なんか書きたいだけ書いたらすっきりしたけど、たぶん、この記事が非難轟々になるのがなんとなく目に浮かびますが、そのときはそのときまで。
受けて立ちましょう。かかってらっしゃい。
ということで。
ではでは^^?
基本的に、思いつきで書いているけど!
自分の部屋で、プリンセス・プリンセスのCDを聞いて、ミクシイのレヴューをみていたら不意に泣けてきた。
時代と共にある、唄の数々を思った。
時代がどんなにいいときも、悪いときでも、いや辛いときほど、人は悲しみ悼む歌ばかりでなく、それでもどれほどつらいときでも‘明日を信じる’唄を歌ってきた。
歌のフォーマットには、3つしかないという話を聞いたことがある。
1. 出会いの歌
2. 別れの歌
3.、その他
ミクシイの人のレヴューをみていると、唄はそれぞれの人の心の中にずっと生き続けて折節に、その人を、その社会を、その世界を支え、力を与えてきた。
自分には、何の唄をつくる力もない。でも、人の唄を共有し、一緒にみんなで歌うことはできる。
私は、政府開発援助の仕事で、青パス(厳密にはグリーンパス)という半分外交官みたいなパスポートをつくってもらって国の予算で、途上国で仕事をしてきた。
いわば‘国’の予算で留学させてもらったといってもよい。
途上国は、単に‘貧しい’だけではない。いや、経済的な問題より、政治的な、もっといえば一部の‘人間’の利権や権益だけのために、紛争に巻き込まれている地域や国があまりに多すぎる。その一部の‘人間’の影には、実は先進国のフィクサーたちの影がある。(あまり突っ込むと自分が危ないけど)
実は、途上国の問題は途上国だけでは解決できない。
もっと根本的に、世界の(国々)のあり方、いや‘生き方’をかけないことには、いたちごっこで何の解決にもつながらない。
私には、本当の敵が見えている気がするのだが、一人ではとても立ち向かえないし、今は、そのときではない。
まあ、‘正しさ’がへたに‘力’を持つと、‘悪’が‘力’を持つ(持っている)よりさらに始末が悪いということも歴史が証明しているので、あまり‘正しさ’というか‘正しいと思われること’を追究することは控えたほうがよいのだが、でももう少しなんとかならないものか。
本当に、今の福島の原発ではないが、人類は自滅への道を歩んでいるようにしか思えない。
もう、頭のよい人や声の大きな人のいうことや方向性について、疑問をもって、自分の身の回りの‘平凡’な‘平和’を考えて、いや‘平和’に生きてよいのではないか。
戦うべきは、高所から見下ろした‘平和’や‘ユートピア’であって、自分がすでに持っている‘幸せ’を守り広めていくところにこの21世紀の人類生き残りのポイントがあるのではないか。
と私は思う。
間違っているかもしれないけど。
ではでは^^?