みなさん、明けましておめでとうございます。
旧年は大変お世話になりました。特に新しくお知り合いになれた方々には、なんとか年度内に感謝だけでもお伝えしたいと思っていたのですが、今年に持ち越してしまいましてごめんなさい。
またなんと20年ぶりくらいに再会できた仲間もいました。改めてご縁に感謝いたします。
今年度も引き続き、よろしくお付き合いいただければと存じます。
もう!昨年のことになってしまうのですが、2016年4月から名古屋市立大学の大学院人間文化研究科に進学したこともあり、いろいろ自分自身の身の回りが大きく変わったこの数年間ではありました。
ようやく大学院生活にも慣れつつあるかと思えば、来年の1月には、すでに修士論文が99%完成していなければならないということで、改めて博士前期課程の2年間の短さを実感しつつある今日この頃でもあります。
5年ほど前に岡崎のある市民グループの方から、「望年会」という言葉を教えていただきまして、「忘年会」ではなくこちらの望年会を積極的に活用して広めようとしているのですが、新しい年を望むにあたってやはり大切なのは(忘れることではなく)、きちんとその年を振り返ることだと思います。以下、勝手に、しばやんとしての昨年の総括と、今年の望みといいましょうか課題を挙げたいと思います。
【2016年の三大ニュース】
その1:大学院進学
傍からご覧になっていても迷走しているかにみえたであろうしばやんのこの数年の歩みですが、ようやく大学院に進学することができました。
名市大の人間文化研究科の中でも「地域づくりに関する研究」ユニットでは、4名の先生方から中国人留学生2名、社会人院生4名が修士一年生として指導を受けています。
2015年12月に起業して個人事業主となったわけですが、今は、コンサルティング業務やウェブショップの運営は実質的に休業状態で、2016年2月から郵便局の時間給契約社員として地方郵便局で夜の5時から9時まで、郵便物やゆうパックの仕分けなど内勤業務をしています。繁忙期は、夜勤のシフトでも午後4時半から午後11時過ぎくらいまでの作業量があります。ガテン系の力仕事ですが、これはこれでなかなか奥が深い。
民俗学者の宮本常一や赤松啓介が郵便局で働いていたことは有名?な話ですが慣れてくると働いている人たちとも仲良くなってきて、それなりに楽しく、大学院の授業がない週の4,5日を働いています。
肝心の研究のほうですが、前期では3科目を、後期は5科目をとっているので、論文指導以外のいわゆる講義科目の規定の9科目は、ほぼ1年目で取得できそうです。
それはよいとしても自分の研究については、なかなか研究方針がまとまらない。焦点がしぼりきれずに先生方からは発表ごとにダメだしを受けていますが、とにかく1月末で後期の講義が終わるので、今から本格的に論文に取り組みます。
その2 山崎延吉との邂逅
これは、たまたまなのですが、愛知用水の研究を進める上で1900年に愛知県立農林学校として設置された安城農林学校(現安城農林高校)の初代校長先生の石川県は金沢藩士の出で、明治に東京大学の駒場の農学校をでた農民教育者であり農本主義者としても知られる山崎延吉を知りえたことはとても大きな収穫でした。昨年の夏休みはほとんど山崎延吉関係のことを調べていたといっても過言ではありません。
彼が、安城農林学校の開設にあたり「農学校を地域に開く」施策をとったこと、篤農家、特に明治末から大正年代にかけてかつての地主階層であった老農ではなく自小作が個人の努力で成り上がった精農とよばれる篤農家や農村青年層を全国組織化したことは、まったく私が大学生時代に気づいた「知は力なり、ただし開かれたものでなくてはならない」ということを遥かに大きなスケールでもう100年も前に実現していたということでした。
しかも自分の家のすぐ隣の「追進農場(現愛知県農業大学校)」自体が山崎の指導下にあったことを知って、まったく自分の足元の不明を恥じ入るばかり。
さらに著作だけではなく請われて日本全国ばかりか帝国下の台湾、朝鮮、満州にまで40年以上にわたり10000回以上の興村行脚(こうそんあんぎゃ)とよばれる講演旅行をおこなったこと、地方にいながらにして(ここがポイント)、地元の愛知県や日本デンマークとよばれた碧海郡の地域振興のみならず、石黒忠篤や那須浩など中央の政治家や農政学者と連携をして、校長を辞した後、帝国農会の幹事や、政治家としても日本の農政に大きな影響を与えたことなど、まさに目からうろこの連続でした。
民俗学者の宮本常一さんも、よく日本を歩いていますが、それよりもすごい人ではないか、しかもどちらかといえば柳田國男と同世代で、当然、農政官僚であった彼とも同じ東大の法学部と農学部で、きわめて近しい関係ではなかったかと、民俗学研究についても想像が膨らみます。(実際、山崎延吉は、柳田國男を安城農林学校に講話の講師として招聘していると資料で見かけたような、要確認ですが。)
その3 開発民俗学の英語訳を考えました
結局、その2とも関連するのですが、日本の民俗学、特に、柳田國男と地域振興についての新しい知見を得ることができました。
柳田國男は農政に挫折して民俗学に転向したわけではなく、農政を突き詰める上で民俗学という戦略をとったのではないか。
そのようなことを感じることができました。当然、愛知用水とは、ちょっとズレル課題ですが、その延長の先にある大きなテーマであると私自身は思っています。
そのようなことを軽く記事にまとめてみました。
【2017年の三つの課題】
その1 修士論文の見通しをつけること
もういわずもがなで、5月のユニット発表の時点で、7、8割方できていないと間に合わないといわれています。11月にはほぼ完成させないといけない。なにはさておき、この1,2月の頑張りが今年ばかりか、今後のすべてに影響するでしょう。
その2 文化環境研究所(Cultural Environment Consulting Institute)(仮称)の設置準備
もちろん修論ありきですが、その後の研究につなげるためにも職業につなげるためにも、稼ぐ母体が必要です。修論にめどがついた時点でコンサルティング業にも力が注げるように、仲間を募ってコンサルティング会社を立ち上げるべく準備を進めます。
その3 まずは健康に日々を心安らかに過ごすこと
最近、普通に心を乱されることなく、つまり落ち着いて自分の能力をだせれば、恐れることはないことに気がつきました。
特に、他人や外部からの動揺させられて怒ったりして自分のペースを崩されると、てきめんにパフォーマンスが落ちるし、さらには通常ではありえない失敗をしてしまうことがあります。
結局、他人がどうであれセルフ・コントロールできれば、すべての結果は自分のせいにすることができます。つまり、人のせいにする必要がないのです。自分が今、出来ることを粛々としていく。他人が何を言おうとです。
また逆に自分で考えてがんばろうとしている人に対しては、全面的にその人の能力を信頼して応援できる自分でありたいと思います。
ひがんだりうらやんだりする必要はないし、人の足をひっぱるようなしらけた人間とつきあう時間も暇もありません。
ただ、そのような社会環境を整えるのにあたって、前提となるのが武力によらない平和な世界の実現です。このことは、常に頭の片隅においておかないといけないと思っています。
最後に、昨年の出会いの大きなハイライトでもあったセミナー企画のご紹介を今年のご挨拶とさせていただきます。修論の進捗次第ではありますが、今年も仲間たちと「地域」に対して仕掛けていきたいです^^?
https://www.facebook.com/events/1188668471192492/
今年もよろしくお願いいたします。
ではでは^^?
2017年1月2日
柴田 英知