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2009年1月11日 (日)

生き方としての「海洋民俗学」 導入編

今年より、『ブログ版 歩く仲間』で「海洋民俗学」のトピックを扱うと宣言しました。

直接のきっかけは、地元に戻ることになったため、やむなく開発援助業界から足を洗ったことによるのですが、よりにもよってというか、なぜかマリン業界に転職してしまいました。

今思えば、いろいろな要素があったと思うのですが、海の世界への昔からの関心が結局モノをいったのではないかと思います。

そんなかんなで、私が書く文章は全て自分の実体験というか体験や経験から語ろうと考えています。

でも、してみても、「開発民俗学」も「海洋民俗学」も結局、自分の趣味の一環なのではないかと思います。 本当に^^?

ということで、実は、「Life, I Love You!」のこちらのブログで取り上げても全然おかしくない話題なので、これからはちゃんぽんに適当に、双方のブログに書き込もうと思います。

09011103 海とボートの雑誌 オーシャンライフ

2008年10月号 No.451

今までというか、大学時代にヨットをやっていたので、まあマリン業界というか周辺産業?を全く知らなかったわけでもないのですが、今回、仕事としたのを機会に、いろいろ関連情報を集めています。思えば、前職の時には、すっかりこのようなマリンの世界やアウトドアの世界は忘れておりました^^?

でも、その気になって物事をみてみますと、いろいろな情報があることに改めて気づかされます。

今日も、休みを利用して蒲郡にあるラグーナのマリーナと、そのすぐとなりにある海陽ヨットハーバーにいってきました。もう、本当に久しぶりの海で、(実は毎週ラグーナで会社のボートを洗いにいっているのですが)、フリーにオフで海に行くのは久しぶりで、潮風にあたりながら、なんとなく還ってきたような気分を味わいました。

学問を考えるときに、どうしても「遊び=レジャー、プレジャー」の部分と、「生業=生活そのもの」と分けて考えたり、前者(遊び)を無視して、後者(生業)を逆に神格化というか観察の対象としてしか扱わないという「科学的な」アプローチがよくなされます。

私が「海洋民俗学」を語るからは、双方をも大切にしたい。‘学者’や’遊び人’は、確かに‘生業’としている(現地の)人たちに敬意を払わなくてはなりませんが、共に人間としての共感や付き合いはあってしかるべきだし、そんなに堅苦しく身構える必要もないと思います。

所詮、同じ人間でしかないのですから。学者のお客さん意識はやめよう、遊び人の邪魔者意識(自他共に)は捨てよう、ともに同じ時と場所を共有するものなのですから。

海洋民俗学は、コモンズ論や海から見た文明や世界※ということで、非常に根本的な問題をかかえています。

今までに築き上げられてきた(近代)人文科学の全ての領域の常識をひっくり返すような問題群の宝庫と考えてもよいといえるでしょう。

私は、それを閉じられた教室(研究室)や一部の閉鎖された世界のみで語ることを良しとしません。

地域の人が生きる場としての‘海洋世界’をどう見るのか考えていくのか、そんなオープンなフォーラムをつくっていきたいと考えております。

「ブログ版 歩く仲間」のトピックも、たまにはのぞいてやってください。

ではでは^^?

海に生きる (海洋民俗学の世界)

http://arukunakama.cocolog-nifty.com/blog/cat20842145/index.html

P.S.

※ 「文明」も「世界」も実は一筋縄ではいかない概念用語なのですが、論文ではないので、この項では適当にスルーさせてください。とりあえずは普通の概念で考えていただいて結構です。

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コメント

おはようございます。

何事に対してもエネルギッシュに
取り組んでいらっしゃるご様子、
いつも勉強させていただいております。

仕事:趣味:ライフワーク
これらを結びつけて視野と行動を広げて
いかれていくご姿勢もすごいですね。

「海洋民俗学」構築のプロセスを
貴ブログを通じて同時体験させてください。

ちんしゃんさま

あけましておめでとうございます。
早速の書き込みありがとうございます。

なんか、あんまり持ち上げられてもむず痒いような感じです^^?

別になにかを「構築」などと大層なことを考えているわけではなく、まあ先人達の足跡を辿って(文献調査、フィールド踏査など)自分なりの仮説を鍛えていくということだと思いますが、いろいろな問題意識を常にもっていたほうがよいと思います。

わからないから調べようと思う。それが独学の楽しさなのではないのでしょうか。

特に、自分の(発見した)見方である事象が読み解けたら、当然、すでにそのことをわかっている先人がいたとしても、個人的な感動というか感激度は大きいです。

思うに、世の中のほとんどのことは誰かが研究して、わかっている人はわかっていると思います。でも、自分で問題を解けなかったとしても、そのわかっている人の存在を知ることでも大きな感動があると思います。

ともあれ、民間人なので、好き勝手に資料を漁れますし、ややこしい人間関係を気にせずに、どんな伝をたどることもできます。

そこがアマチュアのよいところなのでしょうね。

あと、私の胆に命じていることですが、仮にわかっている人がいるとしても、ほぼ100%確実に、私の命題について、確実に答えてはくれません。自分自身、これで散々な目というか非常にいやな思いをしました。

自分の問題は、自分しか解く人間はいない。

そんなことも常々考えています。

なにか抽象的な話になってしまってすみませんが、経過経過は適宜、報告いたします。

では、お互いの問題を解くべくがんばっていきましょう^^?

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