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2020年3月27日 (金)

エジプト・イスマイリアで考えたこと 

わたしは、2000年3月から国際協力に関するホームページを、その後、ブログを継続して運営しています。こちらでは、過去の開発援助の現場でつづった記事を順次、紹介していきます。

初出: HP版 歩く仲間-歩きながら考える世界と開発-

 

エジプト イスマイリアの街角にて 2000年4月17日

 今、約1ヶ月の出張でエジプトのスエズ運河沿いの大陸側にあるイスマイリアという町に滞在している。昨日、仕事が終わって、夕方5時頃、町に戻って床屋にいこうとしたが、結局あいていなかったので、旧市外をぶらついてみた。

 イスマイリアは、フランス人のレセップスが19世紀半ばに、スエズ運河の建設にとりかかったときに基地となった町で丁度スエズ運河の中ほどにあり、スエズ運河に接したティムサーハ湖という湾に面している。またカイロから取水したイスマイリア水路の放水口でもある。1973年の第4次中東戦争では、スエズ運河の対岸のシナイ半島がイスラエルに占領された際には、まさに前線の都市として、重要な戦略拠点であった。さすがに戦争の残骸は処分されつつあるも、スエズ運河の両岸およびシナイ半島はエジプトの軍の管理下にあり、駐屯地が運河に沿って数珠繋ぎになっている。

 ここには鉄道の駅もありポートサイド(運河の地中海側)とスエズ(紅海側)への分岐点となる。イスマイリア駅北東側にはこぎれいな19世紀以来のレセップスの家とか洒落たヨーロッパ風の建物が残っており、その北側には異人館が並ぶ独特な街区も残っている。このまちは、やはり19世紀ぐらいから急激に発達したらしく、あまり古風なイスラームの伝統的な市場(スーク)街は、駅の西側の青果市場ぐらいしかないと思うが、ちょうどヨーロッパ風の町の南に隣り合って、3階建てぐらいの建物が立ちならぶイスラム風の旧市街がある。

 ここの商店街を歩いていたら、自転車屋さんがあったので、自転車を組み立て中の30歳なかばほどのお兄さんに1台いくらぐらいするのか尋ねたのがきっかけで、同じ店のおじいさんに店の前の椅子をすすめられ、お茶を振る舞われた。道をはさんで店が建ち並んでいるので、ちょうど椅子に腰かけていると道を通りゆく人たちや向かいの店の2階や3階の住居のベランダを何とはなしにみる形となる。b

 おやじさんが、僕を「俺の友達だ」といって近所や道行く人に紹介してくれるのはいいが、いかんせん相手も、英語はあんまり話せない。おやじさんがくれたオレンジをほおばって、結局、ここで自転車を1台組み立てる2時間ほど腰かけていた。

 この店で取り扱っている自転車は、中国製で 種類はぞくにいうママチャリタイプ3種類と、MTBタイプ1種類ぐらいしかない。タイヤ等部分品はインドのものも入っている。(中国で一式セットにしているのかもしれない)。まさに日本の自転車屋と同じく車輪のリムにスパークを取り付けてという一連の組み立て作業をみて、なんだか懐かしくなってしまった。スパナやハンマーなど簡単な道具を使って、とんかち調整しながら自転車を組みあげていく。リムにタイヤをはめて中のチューブをセッティングして、チェーンや車軸とギアのかみ合わせなどの調整してという、まさに日本でも同じ一連な手順ではあるが、こちらの人が単純な道具をうまく組み合わせて作業を進めるのをみるとまったく感心してしまう。ハンドルの前に篭をつけようとするのだが、ねじをささえるべき鉄板がない。結局、まったく形も用途も違うと思われる鉄の板から、篭を取り付けるためのプレートをハンマーとポンチでねじ穴までこさえてしまった。ここ、イスマイリアの町でも自転車がはやっている。日本でいえば、まさに1昔や2昔前の旧式なモデルではあるが、新車1台LE350(約10,000円)ほどするというから、外国人である私にいった価格だと割り引いても、こちらの人に取っては決して安くない買い物であろう。(子どもが自転車を乗っているのをみても、お古を使いまわしている観がある。)

 結局、車輪の取り付けからサドル、ブレーキの取り付けまでほぼ2時間、ずっと自転車を作るのをみていた。向かいの家のベランダでは奥さんと子どもが道を見下ろして座って話をしているし、まあ、こんな午後もいいかなと思った。

(この項 了)

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