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2020年4月 9日 (木)

【就活講座】開発コンサルタント編②「うそをつかないこと」

さっそく、わたしが大切だと考えるひとつ目から解説しましょう。

1.徹頭徹尾「うそをつかないこと」

うそをつかない。開発コンサルタントに限らず、社会人として最低限求められており、一番、難しいのがこのことです。

固く難しい言葉でいうと、「信用」、「誠実」などと同義でもあるといえますが、日常の生活規範としては「うそをつかない」ことだけに気をつければよいです。

では、なぜ「うそ」が社会的に認められないのか。英語では、「ブラック・ライ(悪意をもったうそ)と「ホワイト・ライ(悪い事実を隠そうとして意図的にうそ」があります。前者は、悪いことをわかったうえで確信的につくうそ、後者は、悪いことはわかったうえで、やむを得ず誰かのためにつくうそといういい方もできましょう。本稿はでは、これらの違いがあることを前提にしつつも、「うそ」が持つ本質的な問題点や課題についてのべます。

前述のうそをつく人の内的心情とは別に、単純に物理的に、うそが向かう方向や対象にによっても分類することができます。それは、「他人についてつくうそ」と、「自分についてつくうそ」です。ブラック・ライとホワイト・ライの概念を頭の片隅においた上で、それぞれについて、留意すべき、いくつかのポイントをあげます。

A: 他人についてつくうそ

社会人が「仕事」をするという局面に限っていえば、ブラック・ライが言語道断であるのはいうまでもなく、ホワイト・ライも原則つくものではありません。特に、なんらかの責任が取れる立場、例えば、役職者として、ある程度の職掌と決裁権が組織から正式に与えられた立場になるまでは、絶対にホワイト・ライでもついてはいけません。

うそをつくということは、ほぼ間違いなく、話者にとって都合の悪いことを、隠したりごまかすして、他人を欺き、その場しのぎをする、あるいは、なかったことにすることが、本人の自覚に関係なくあるといえます。前述のブラック・ライ、ホワイト・ライとは別に、まったく本人に自覚がなく、不都合があると自己防衛のために、無意識にうそをついてしまう。

確かに自分がかわいいのは誰でも一緒です。しかし、無意識というのが実は一番いけないです。うそをついているという自覚があれば、そのうそに対して、上司や先輩が突っ込めば、隠そうとしていた事実が明らかになる可能性があります。しかし、うそをついていた人が、うそをついている自覚がなければ、他人が突っ込んでも、うそが隠した本質的な問題や課題の大きさをうそをついた人は知覚していないし、説明することができないでしょう。

B: 自分についてつくうそ

他人についてつくうそと違って、これは、話者本人の内面的な問題なので、実は、こちらのほうがやっかいです。例えば、人とのやり取りで、相手の言葉や提言に納得いかなくても、そんなもんだとか、自分が若いからとか未熟だからと、自分の想いや考えが相手に伝わっていないことに関して、説得や説明をあきらめたり放棄してはいませんか。

あなたはもしかしたら「単に自分の力不足」である事実を直視できずに、違和感を感じたままで、相手の方が正しいんだと、自分の「本心」に対してうそをついてしまっている可能性があります。このような体験を積み重ねていくと、自分の言動に自信が持てなくなり、常に他人からの評価や顔色をうかがうといったようなことになり、結果的に「負けぐせ」がついてしまいます。

むろん、このようなことは日常的におこることです。しかし、特に会社などの組織社会でそれが続くと、他人に対してきちんと自分の意見や考えを伝えられない人間だという評価がされることになります。その会社なりが一見、上意下達の組織であったとしても、トップやミドルのいいなりの社員や部下は、100パーセントいりません。

そんな「イエス・マン」ばかりだと組織は崩壊しますし、そのイエス・マンの本心は、上役の言動に全く納得していない。追従して、へらへら従ったふりをしているだけ。そのような人は、会社なりの組織を離れても、社会を生きていくうえでいかがなものでしょうか。

このように「自分についてつくうそ」のほうが、「他人につくうそ」よりも、やっかいであるということがお分かりいただけたでしょうか。むろん、この分類と解説は、わたしが経験の中から考えたもので絶対的なものではありません。しかし、ブラック・ライとホワイト・ライ、他人についてつくうそ、自分についてつくうそのいずれもが、基本的にはアウトだということがおわかりいただけたかと思います。

もちろん、100パーセントうそをつかずに生きることはできません。しかし、せめて言った本人にうそをついているという自覚があればいいのですが、無自覚な言動が致命的な損害をもたらします。本人に自覚がないと、相手がそれを見破ることはベテランでも難しい場合があります。このような「無意識のうそ」や「うそと本人の自覚がないのに、他人からみればうそだろう」というケースは、実は思いのほか現実にあり、最悪の場合、これが一発で「キラー・コンテンツ」となりえます。

そもそも、うそかどうか判定がグレーゾーンで、話者の間では「うそかまこと」かの判定ができていても、その一部だけが不完全なかたちで流出すると、うその同意で話していたことが、いつの間にか、本当のこととして世間に広まってしまうことがあります。それが、いわゆる風評被害や、都市伝説の種や根っこであるともいえましょう。

必要以上に、難しく考える必要はありませんが、就活生のみなさんに、まず理解していただきたいのは、いくら表面や見てくれをよくしても、いくらあなたが罪のないうそだと思ったとしても、面接官は、一発でそのようなうそやはったりは見抜くということです。もし、ごまかせたとしても、ここが一番大切なところですが、うそやごまかしをしたという事実を「あなた」は知っていますよね。

つまり、これが「自分を欺く=自分についたうそ」になり、ほぼ間違いなく、あなたの精神をむしばみます。

次項では、自己分析について書きますが、このように「自分にうそをつかず」に、情けなく歯がゆい自分に真剣に向き合ってください。

その第一歩が、「うそをつかない」ということです。

(この項、了)

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