いよいよマインドセット編、全5回の最終回となった。限られた紙面であるため、わたしが最も重要であると思うエッセンスしかのべない。
今回のお題は、自分の専門領域に対して、必ずのりしろをつくるべきであるということと、その専門領域あるいはあなた自身に対して、人から突っ込まれるスキあるいは余地を残しておこうという提案である。今までのべてきたように、開発コンサルタントや国際協力の分野で働くということは、高度な専門性を求められている。それは、もっともなことで、とある社会課題に対してあなたは何らかの解決策を与えてくれるスーパーマンまではいかないにせよ、特別な能力を持った人間であると外部からはみられてる。
プロフェッショナルであることについての定義にはいろいろあろうが、やはり金銭的な対価を受け取るのであれば、最低でもそれに見合ったモノなりサービスなりを提供しなければならない。欧米社会、もしかしたら開発途上国でも、「医師・弁護士・コンサルタント」と医師や弁護士と並び称される高度専門職であることは周知のことである。わたしは、「開発コンサルタントは世界で一番勉強している人たち」であると思っているが、自分自身もふくめ、これは間違いないと思う。
なぜならば、コンサルティングの対象課題は、全てオーダーメードで、特に国際協力の分野では、日本人が開発途上国の貧しい人に「教える」ケースばかりではない。むしろ、開発途上国でも上流階級(セレブレティ)の政治家や役人、彼ら彼女らは往々にして欧米で修士や博士号を取得している自分より遥かに金持ちで学歴もある人たちと政府開発援助の世界では対峙する。
国際開発というフィールドでは、これらの高学歴で能力の高い開発途上国のトップクラスの人たちに加えて、先進国の国際機関職員や開発コンサルタントたちと、ともにさまざまな社会課題に立ち向かわなければならない。つまり、開発コンサルタントは日本国内だけでの研鑽が必要なだけではなく、開発途上国の現場で、高学歴で能力の高い人たちと、当たり前のように英語やフランス語をつかって、「世界水準かつ最先端」の仕事をしなければならない。
想像ができないかもしれないが、例えばフィリピンの農地改革省では、2005年の時点で、外国援助局という日本をふくむ先進国や国際機関の援助を受け入れている部署では、合計で17個の外国援助の事業がおこなわれていた。ちにみに、2つは日本の円借款の事業である。この外国援助局は本庁とは別に独自のビルを持っていたが、この4階建てのビルには、17のプロジェクト事務所がはいっていたのである。具体的には、世界銀行、アジア開発銀行、USAID、EU、スペイン、イタリアなどなど、とにかく17のお雇い外人人コンサルタント部隊が軒を連ねていた。
つまり、この農地改革省のカウンターパート、すなわち外国人コンサルタントと共に働くフィリピン人の政府職員は、横並びで「外国人コンサルタント」のパフォーマンスを吟味できる立場にある。つまり、開発途上国の政府職員こそがクライアント=雇い主であり、開発コンサルタントは「雇われる立場」つまり「お雇い外国人」でしかない。ここでは「日本人である」という甘えは一切、許されないのだ。
ここで留意すべきは、その時点での自分の能力を知った上で、自分の立ち位置を把握することである。自分だけでは的確にそれを知ることができないにせよ、せめて自分の立ち位置を、誰もが注目していることは最低限でも知っておくべきであろう。特に大きな仕事であればあるほど、人はひとりでは何もできない。開発コンサルタントは、現場で調査業務や設計業務、さらに大手の開発コンサルタント会社は、大規模な建設工事の施工管理をおこなう。原則として、それぞれのプロジェクトで求められるメンバーは、ひとつの職種に対して「ひとり」である。
つまり、ひとりで、与えられた職務や担当(アサインメントという)を、あらかじめ決められた国内外の期間内におこなわなければならない。国内であれば、社内の応援が得られる場合もあるが、海外であれば、他のメンバーもそれぞれのアサインメントをもっているので、自分の業務範囲は、限られた時間内に「ひとり」で完成させなければならない。特に、日本政府のODAの仕事であれば現地作業の日本出発日と帰国日が決まっている。そのため、自分に与えられた仕事が期間内に終わらないから、ひとりだけ残って完成させた後に帰国するということは、絶対に許されない。
だからこそ、ひとりひとりの開発コンサルタントは、同じプロジェクトのチームリーダーやチームメンバーと互いに進捗を報告しあい、助け合いながら作業をすすめなければならないのである。ここに至って「のりしろ」の意味があなたにもお分かりであろう。つまり、専門家が、それぞれ自分に与えられたアサインメントをこなそうと必死になればなるほど、「自分の業務範囲」ばかりをやってしまい、専門家の業務範囲の間の「隙間」が必然的に生じてしまうのである。その「隙間」を埋めるのが「のりしろ」の役割である。
たとえば、政府開発援助(ODA)のスキームの中に開発調査といって、開発途上国に出向き、なんらかの事業の実施に先立ち、その必要性や便益などを調べる業務がある。大きいものでは、例えば水資源や農業分野の国家計画から、日本でいう複数の県にまたがる道路計画や流域の総合開発計画、灌漑計画、工場団地の建設、港湾や空港、都市部の交通計画など、小さなものでは地方都市の給水計画や村の井戸建設、農協の整備など、大規模なものから小規模なものまで、あらゆるセクターでさまざまな調査が実際の施設建設に先立っておこなわれている。
このように調査の規模にもよるが、大規模なものでは足掛け2,3年で、20人近くの開発コンサルタントの団員を投入することがある。もちろん、調査団が派遣されるのに先立ち、あらかじめ大まかな業務範囲が発注者、ODAの場合であれば、国際協力機構によって定められており、それに従って開発コンサルタントが作業をするのであるが、当然のことながら、事前にはわからないことが現地で勃発する。
つまり、現地調査を進める中で、あらたに考慮すべきことや調査すべきことが発覚し、想定していた開発コンサルタントの予算や人員では、当初目指していた成果が上がらないことがわかることがよくある。その場合は、開発コンサルタントは、「できない」ことを速やかに発注者に伝え、善後策を検討しなければならない。とはいえ、限られた人員でベストを尽くすのが開発コンサルタントが、開発援助のプロであるゆえんなので、チームリーダーは、今いるメンバーでできるたけのことをしようとする。
そこで、開発コンサルタントのおのおのが「自分の立ち位置や能力」を正確に把握しており、「隙間」ができないように、自分の業務範囲のまわりに「のりしろ」を作っておく、つまり自分以外の専門家との「隙間」を積極的に埋めることができるように準備をしておかなければならない。この「のりしろ」を作るために必要なことが、自分の専門分野以外の「隣接分野」の勉強である。
チームが団結して不確定要素が多い開発事業を推進するためには、互いに「のりしろ」を出し合って、さらには自分以外のチームメンバーに、気軽に声を掛け合えること、つまり「つっ込む隙を与えること=ボケ」と、必要があれば、自分から他人の業務に対して「つっ込む=ツッコミ」の両方ができる人間関係を、普段から構築しておくことが大切なのである。
このように、開発コンサルタントは専門家ではあるが、決して個人技だけの「職人」ではないし、かりに「職人」であったとしても、チームとして「協調」することができることが、必須の要件となってくる。個人としての「技の磨き方」や「協調性」のつくり方については、ここではふれられない。
しかし、開発援助の仕事の中で必然的に生ずる「隙間」に対して、開発コンサルタントは意識的に自分の能力に「のりしろ」を作っておき、他の専門家との間で「ボケとツッコミ」により、この「隙間」をカバーして、チームとして「協調」して与えられた課題に対処する専門家集団が「開発コンサルタント」であるということを理解していただけたらさいわいである。
この回は、特に「開発コンサルタント」に求められるマインドセットに焦点を当てたが、基本的にはグローバルキャリアを目指すものは、「世界に通用する」専門家となることを考えている人だと思う。どのような職種であれ、日本とは全く違った国の社会環境の中で、おそらく日本人が数人しかいない中で働くという、あなたが置かれた「立ち位置」を考えれば、このアドバイスはある程度、普遍的に通用する重要なものであると考える。海外で働く「マインドセット」のひとつとして参考にしてほしい。
全5回 この項 了